鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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を意味し,反対に『大悲心陀羅尼jでは「合掌手jのほか二手で執るものはないということになる。『千手経』での「合掌手J以外の二手捧持の器物については今は置くことにし,後に実例から考えてみたい。『千手経J,『大悲心陀羅尼』ともに左右の規定はなく,持物・印相の配置等は不明である。次に『千光眼経』は左右にわけで持物・印相を列記している。『千手経』とは名称の相違はあるがほぼ共通するものといえる。ただ,『千手経』にある「股折羅手」は『千光眼経』にある「三剣Jのことかと思われ,「三股杵jであろうと考える。名称、の相違も偶文のように五字の制約のため変更された可能性もある。さらに「宝鉢」は両手で捧持することが明確に示されていることも注目される。『摂無擬経』は,『千手経』との相違がもっとも顕著な経典である。『千光眼経』と同様,持物・印相を左右にわけで記しており,その点は『千光眼経Jと近いが,持物・印相において,『千手経』以下必ず記載される「傍牌手(傍排,穿牌)Jと「宝鐸手jがなく,かわりに「宝瓶手Jと両手の「入定印」が記されている。このことからすると『千光眼経Jのように「宝鉢jを両手で捧持するものではなく,定印を結んだままの像容であることが理解されよう。このように経典から考えると,①『千手経』記載のように「合掌手J以外に両手で何かを捧持する姿,②『大悲心陀羅尼』のように,「甘露手」を加え,また,両手を用いるのは「合掌jだけで後のすべては片手で執る姿,③『千光眼経』のように両手を使うのは「合掌」と「宝鉢jとする姿,④『摂無擬経』のように,両手を用いるのは「合掌」と「入定印Jとする姿,の各経典四種の像容があることになる。さて,実際の作例をみてみよう。別表に四十二曹の代表的な千手観音画像の比較を載せたが,それをみてわかるように経典に対応するように四種の像容が存することがわかる。まず,代表的な千手観音画像である東博本では,中央合掌手とその下に両手で宝鉢を執る姿であり,他の各手も,「傍牌J,「宝鐸」を含めた『千手経』,『千光眼経』に共通の持物・印相となっている。つまり,①ないし③の記述が基になっていると考えられる。このような造像例は彫像も含めて,遺品も多く,一般的な像容といえるだろう。次に,四天王寺本や別尊雑記唐本図像では,二手によるのは合掌だけで,東博本にみる宝鉢の位置には片手ずつ蓮華を執る形となっていることや「甘露手jが描かれることなど『大悲心陀羅尼』の記述に合致している。ただ,このような像容の千手観音一574-

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