(b) 彩飾画家による彩色ある。アルブレヒトには1521,2年頃に制作したと考えられる10点(NHG.e. 84 92) の,そしてその弟エアハルトにもエッチングの風景画(NHG.e. 5)が現存しており,そのいずれにも水彩で手彩色した刷りが残っている。なかでも,ウィーンのアルベルティーナ版画素描館に所蔵される一連の作品は,ほほ同じ人物の手によって彩色されたとみられている(注11)〔図5〕。版画の表現をよく理解し入念に彩色が行われているため,彩色によって画面はいっそう微妙な雰囲気を醸し出している。こうした彩色は,画家自身かあるいは画家の直接的な指示によって行われた可能性がある。アルトドルファーの素描家としての技量を示すエッチングによる自在な描線と水彩による色彩の組み合わせは,不透明色で描かれた風景画とはまた趣を異にした表現をみせている。純粋な風景画はこの時代に確立した新しいジャンルで,アルトドルファーのエッチングによる風景画は版画におけるもっとも早い例である。彼の作品はコレクターの人気を集めたらしく,これらのエッチングも出されてまもなくコピーの素描が描かれている。また現存するすべての刷りがかなり傷んで、いるのは,実際に飾られていたことを示すものであろう。画家の意図を生かした効果的な彩色は,コレクターの欲求を特別に満足させるものだ、ったにちがいない。彩色は工程において常に後に行われ,彩色がはじめから見込まれている場合をのぞけば,版画制作と彩色には時間的な差があることも多い(注12)。また彩色は,版画の下絵画家あるいは版画家の本来意図した目的や効果とは無関係である場合さえある。この事実は,はじめに述べたように彩色の二次的,付加的な性質を示すものといえる。しかしその一方で、,後になって受容される側において彩色が行われるという事実に注目するならば,そこに受容者の欲求が反映しているとみることもできるだろう。たとえば版画は,15世紀の最初期のコレクターによって自由にアレンジされ,時には切り抜かれ,縁飾りが加えられたり,さまざまな色彩で彩られることがあった。彩色は,彩飾写本に倣って行われたのだろうが,それによって版画はコレクターだけの唯一のものとなって個別化される。彩色はいわばコレクターの「所有の徴」といえるものになっている。同様に後になって行われた彩色で、際立った傾向を示すものとして,1570年代から17世紀にかけて,デューラ一時代の版画があたかも写本画のように念入りに彩色された609
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