鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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日注せる。その他名前が知られる彩飾画家には,AMのモノグラムで知られるアレクサンダー・マイアAlexanderMairなどがいる。これらの彩色版画は,1600年頃にたかまる歴史主義的,懐古的傾向を示すデューラー・ルネサンスの現象の中で捉えられている。しかし過去の版画だけでなく,同時代の版画にも同様の彩色がみられる。この時代の版画の色彩に対する関心の高まりとみることもできるかもしれない(注16)。このように技量のある細密画家や彩飾画家によって入念に彩色された版画は,当時コレクターに珍重されていた。しかし加えられた彩色によって,版画は外面ばかりでなく内面的意味的にも変質する場合がある(注17)。不透明色で完全に描き込んでしまうものもあるとはいえ,それが単に絵画の代用として求められた,とは必ずしも言えないだろう。以上ここでは,版画の彩色の全く異なる二つの側面をあげた。(a)が画家(版画家)のもともとの創作にきわめて近い,制作者側の彩色であるのに対して,(b)は反対にもっとも離れた,受容者側の彩色であるといえる。しかしどちらも,きわめて限定的な特別の欲求を満たすものであり,より一般に向けられた,経済的な手法による量産的なものとは対照をなしている。おそらく限定されたものとより広い層に向けられたものという,この二極において版画におけるポリクロミーをとらえることは有効であると思われる。版画における多色化の問題は,絵画との関係を抜きにして考えることはできないものの,両者をつなぐのは模倣という行為のみであるというのは大きな疑問である。より積極的な意味が見い出される場合もあるだろう。多くの作例をさらに検討することによって,その機能を総合的にとらえることが可能になると考えている。Basel, 1528.原文は次の文献に掲載されているoRupprich, Hans Hrsg., Dilrers schriftlicher Nachlass, vol. l, Berlin, 1956, S. 297.パノフスキーによる英訳,およびその邦訳も参照のことoPanofsky, Erwin, The Lずeand Art of Albrecht Durer, Cambridge, Mass. , 1955, p. 44. (E.ノfノフスキー『アルブレヒト・デ、ユーラー』中森義宗,清水忠訳,日貿出版社,1984年)(2) エラスムスは前掲書のなかで会話をつづけて,素描の術(graphice)はかつて自由(1) Desiderius Erasmus, Dialogus de recta Latini Graecique sermonis pronuntiatione,

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