せながら，写生画派の作品や明清花鳥画の学習の成果がいかんなく発揮され，雪樵の画業を集大成するかのような感がある。皿むすび本稿において改めて見てきた杉谷雪樵の生涯については，従来の記述とは一致しない部分も多く認められたが，これは，新たに見出された画稿類や褒状などの遺品類の検討と，そして，〈道中風景図巻〉や旧細川邸杉戸絵など，再発見のものを含めた現存作品から導き出された結果である。杉谷雪樵に関しては，このような一次資料が豊富に現存しているということが，彼の実像を明らかにしてゆく上で，何よりも幸運なことである。最後に，これらの新出資料も加え，雪樵の作品を改めて通覧してみると，次のようにまとめることができるだろう。江戸時代の作品は，10代半ばにして始められた粉本学習を主とする伝統的な矢野派の画法の基礎習得と，同派の先行諸作品の学習をもとに，謹直な水墨山水・道釈画が制作の中心となっていた。そしてやがて迎えた参府随行ののち，江戸時代最末期に制作された〈道中風景図巻〉にいたっては，堅固なモチーフの描写に加えて，自らの写生，また透視図法や空気遠近法など，同時代写生画派の画法をとりいれつつ，より近代的な画風への展開を見せるのである。維新後は，一部に略筆の墨画や南画風の山水図など新たな試みも認められるが，〈道中風景図巻〉以来引き続き，矢野派の伝統に写生画風を加味した画風を強めてゆく。評伝からも窺えるように，おそらくはこの噴明清花鳥画の学習も積極的におこなっていたものと推察される。そしてさらに上京後は，この展開を受けながら，具体的なことは今は一切判らないが，良き師友を得ることもできたのであろう，モチーフの描写，彩色の技術はともに顕著に深まりを見せ，より華やかで洗練された新しい表現が開花することとなったのである。ここに，雪樵作品の集大成があるように思われる。また，ここで思うに，雪樵にとっての絵画制作の重大な転機は，当初意識していた明治維新という社会全体の情勢の変化に関しては，今のところ影響がはっきりとした形では見出し得ず，むしろ一次的には新たな画風へと導いた安政3年（1856）の参府随行，そして2次的には，一見して看取される洗練をもたらした明治20年(1887）の上京という，雪樵をとりまくより直接的で個人的ともいえる制作環境の変化にみるべきであると考える。そしてその中で，雪樵の作風は，時々の流行にも鋭敏に反応しながら変化を重ねたものとみ-623-
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