鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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のは,〈音楽〉とく舞踏〉であるが,この2点の背景に施された金地の処理は彼の作品の中でも稀なものであり,興味深い作例となっている。また肖像画の注文も多く受けていたようで,〈エリーズ嬢の肖像〉〔図10〕ゃくロソラン嬢の肖像〉〔図11〕などの作例が見受けられる。いずれも,「モデルをその人物にふさわしい雰囲気の中に描き,肉体を正確に描写するとともに,精神をも似せて描く」(注3)と表されたコランの肖像画における技量を多分に示す作品である。皿.1890年代1890年代はコランの画風の転換期にあたる。つまり,それ以前は「裸婦の画家jとして主に知られていたコランが,屋外の緑の中に着衣の同時代の匿名女性像を描いた作品をこの時期多く制作するのだ。例えば1895年のサロンに出品されたく若い娘〉〔図12〕は,サロンにおいて「肖像画」としても良いと評されたように,その容貌表現には若干の個性がのこされている。しかし,やはり描かれているのは名も知らぬ「若い娘Jであって,特定の人物ではない。またモデルの人体表現も,「衣服の下の体型が良く判らない」(注4)と評されたように,あまりにか細く,華者で,実体を感じさせないモデリングとなっている。かわって印象的なのは,娘が手にする帽子や戸外の光を苧んで涼やかな質感を示す衣服である。つまり,ここでは当時の女性の典雅なモードに描写の焦点があるといえるかもしれない。そしてモデルに,シャヴァンヌやラミの作品に見られるような物思う女性のポーズをとらせることで,思索的な余韻を全体に与えている。1896年のサロン出品作品,〈庭の隅〉〔図13〕もこの傾向に属する作品である。ここでは,例えばモネの作風をも想起させるような,補色と細かな筆触を用いた描法で戸外に満ちる強い光を感じさせるとともに,涼やかな木陰でおしゃべりに耽る女性たちを優美に描き出している。また,この作品の夢想的な光景を「象徴主義的jと捉えたサロンの批評家もいた。これは,同時代の女性の有様を描きながらも,その描写からは1880年代までのような生々しい写実が見られなくなり始めた1890年代のコランの特徴を見抜いた評論と言えるかもしれない。更に1897年のサロン出品作品,くくつろぎ〉〔図14〕では,夏のさわやかな木漏れ日の様が,読書する女性の何気ない様子と共に巧みに描き出されている。そしてこの作品で特筆すべきは,タイトルに示された「くつろぎjという概念を,この光景により658

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