鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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3. 1997年度助成J.M. W. Turnerの作品における蒸気船のイメージについての考察研究者:兵庫県立近代美術館学芸員1.はじめに英国美術史上最大の画家のひとり,J.M.W. Turner (1775-1851,以下ターナーと表記)は,その生涯に様々なジャンルにおいて膨大な作品を残しているが,同時代の事象に取材したものも少なくない。本稿では,蒸気船というモチーフに焦点をあて,それがターナーの作品でどのように表現されているかを考察する。当時の英国は,完成期を迎えた産業革命がもたらした様々な技術革新が,人々の生活に反映されつつあったが,その代表的な事例に蒸気機関の発明が挙げられる。それは,蒸気船や蒸気機関車として実用化されることにより,従来の輸送方法を大きく転換させるきっかけを生み出した。そして,それらは歴史的風景画と並んで現実の風景を数多く描いたターナーの作品においても,重要な位置を占めることになった。特に蒸気船は,17世紀オランダの海景画の伝統を受け継ぐターナーにとって,格好のモチーフとなったのである。以下では,蒸気船が一般に普及しはじめた1820年代から1840年代に至るまでの聞に描かれたイメージを観察していくことにより,その発展を検証したい。ターナーの作品に蒸気船というモチーフが登場しはじめるのは,1820年代初期のことである。地誌的風景画の水彩画家として出発したターナーは,ピクチャレスクな挿絵本に掲載される銅版画のために水彩による原画を提供し続けた。例えば,1810年代から1830年代にかけて刊行された『イングランド南岸のピクチャレスクな風景J,『イングランドの河川J,『サセックスの景観j,『ロンドンとその周辺の景観J,『海景J,『イングランドの港J,『イングランドとウエールズのピクチャレスクな景観j,『イタリアのピクチャレスクな旅J,『ロワール河遁逢J,『セーヌ河遁逼』などがそうである。これらの書物に掲載された挿絵では川や海に浮かぶ船舶が極めて重要なモチーフとなっているが,その中に当時実用化されつつあった蒸気船が含まれている。代表的なもの2.挿絵本における蒸気船岡本弘毅-676-

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