3.油彩画における蒸気船(1828年頃,〔図16〕)では,一隻の蒸気船の姿が画面左に認められるが,これは,1822(1832年,〔図17〕)におけるそれで、ある。ピクチャレスクの代表的な名勝であるスタッ(1839年,〔図19〕)が挙げられる。この作品は,題名で示される通り,トラファルガーろうか。ターナーの油彩作品に初めて蒸気船が登場するのは,おそらくは1820年代後期のことであろう。マーテイン・パトリンとイヴリン・ジョルが編集した油彩画カタログに従えば,〈蒸気船と灯台船〉という習作が1825年から30年頃に描かれたとされている〔図14〕。また,完成作としては,〈海から見たブライトン>(1829年頃,〔図15〕)が,最も早い作例であろう。この作品とその習作である〈チェーン・ピア,ブライトン〉年以来ブライトンとルアーヴルを定期便で結んだものであり,これらの作品は,先に見た〈ドーヴァー城〉や〈ドーヴァー〉といった水彩画と同様に,この頃急速に普及しはじめた蒸気船による人員輸送の様子を伝えるものである。次にターナーのタブローに出現する蒸気船は,〈スタッフア,フィンガルの洞窟〉ファ島を背景に,嵐の中を黒い煙を吹き上げながら進む一隻の蒸気船の姿が描かれている。それは,先に見た〈デユクレール付近のラ・シェーズ・ド・ガルガンチュア〉に描かれた蒸気船と同様に,迫り来る自然、の猛威に立ち向かう人間の営みを具現化しているように思われる。また,2年後の〈難船救助者,岸から船が離れるのを手伝う蒸気船のいるノーサンパーランドの海岸>(1832年,〔図18〕)では,画面右奥に一隻の蒸気船が描かれている。それは左に描かれた帆船や画面前景の人々が荒海に翻弄される様子と対照的に,煙突を直立させてあたかも静止しているかのような姿を示しており,数年来にわたって水彩画で繰り返された対比の図式が踏襲されている。これら1830年代に入ってからの油彩画に登場する蒸気船は,明らかに擬人法的な扱いがなされており,「セーヌ河紀行」において追求された「生命のイメージ」としての蒸気船のヴァリエーションと捉えることができる。さらに「セーヌ河紀行jでの蒸気船のイメージを油彩画で発展的に追求した例としては,〈解体されるために最後の停泊地に曳かれていく戦艦テメレール号,1838年〉海戦で活躍した戦艦テメレール号が,老朽化のため解体されることになり,一隻の蒸気船にテムズ河を曳航されてゆく様子を描いたものである。この愛国的イメージに満680
元のページ ../index.html#691