鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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中央でナポレオンの凋落を象徴するかのように輝く落日の光と対比的な位置が与えられている。この二つの作品で,ターナーは,戦争と平和,旧時代と新時代,フランスとイギリスといった対立項を提示しているが,その一方が蒸気船の姿に仮託されているのである。この他に1840年代に描かれた蒸気船の登場するタブローとしては,〈浅瀬の蒸気船に危急を告げる狼煙と青花火>(1840年,〔図21〕)と〈吹雪>(1842年,〔図22〕)の2点が挙げられる。これらの作品での蒸気船は,〈スタッファ,フインガルの洞窟〉や〈難船救助者〉において見られた,自然の猛威に対抗する蒸気船の系譜に連なるものであるが,さらに激しい描写が与えられている。両作品における蒸気船は,ともに画面の中央に置かれてはいるものの,その姿は画面全体を覆い尽くす強烈な嵐の描写のなかにあって,小さく,あるいは傍げな姿で表わされている。それは,ターナー後期の作品特有の渦巻状の構図と一体化しているかのような表現であり,かつての蒸気船が示していた泰然とした様子とは多分に趣を違えるものである。晩年のターナーに共通するペシミズムへの傾倒がこれらの作品にも投影されていると考えられるが,蒸気船を擬人的に扱う手法の到達点を示すものでもある。とりわけ,作者自身の体験に基づいて描かれた〈吹雪〉では,嵐に翻弄されながらもそれに立ち向かう蒸気船の姿は,単なる事実の記録を遥かに超えて,ターナーその人の姿をオーヴァーラップさせたものと考えられる。4.結論以上,1820年代から40年代にかけて,ターナーの作品に現れた蒸気船のイメージの展開を,挿絵本と油彩画の両面から概観した。これらの蒸気船に共通して言えるのは,いずれも同時代のテクノロジーの発展の表象として描かれた,ということである。それは,多くの場合,旧来の帆船や自然現象に対置するという手法が用いられることによって,より明確に示されてきた。しかし,後年の油彩画において,それらは新たな表現と意味を獲得するに至った。すなわち,擬人法的手法による歴史的風景画への接近である。ここでの蒸気船は,単に同時代の事象を表すモチーフとしてだけでなく,より普遍的な,ターナ一晩年の歴史的風景画が構成するベシミスティックでナラテイブな登場人物としての性格を強めている。そして,『セーヌ河紀行』の蒸気船は,それ以前の水彩画における蒸気船の集大成であると同時にそれ以降の油彩画におけるイ-682-

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