鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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ある。五代以後更に第61窟のような大型な五台山図を描いている。従って,検林窟第3窟の文殊変と普賢変に現された山水背景はいずれも五台山だと考えられる。この二つの山水画はいず、れも基本的に墨の濃淡で描いた壁画であり,少し緑青色をつけただけで,ほかの色はほとんどつけていなかった。これは敦煙壁画に表わされた大型の水墨山水画唯一の例で、ある。このような山水の表現法は,莫高窟では前代まで見られなかったものである。敦憧壁画の陪唐様式以来の青緑山水画の伝統とは違う系統であると思う。いままで検林窟第3窟の文殊変と普賢変の山水背景を紹介する文章はいくつかあったが,詳しく研究されたことはまだない。本研究はこの山水背景の特徴とその源流について解説を試みるものである。二山水の構成唐代及び五代の壁画では,文殊変,普賢変の壁画は主に人物が中心で,山水図は背景としてあまり多くの画面を占めることはなかった。ところが検林窟第3窟では,山水風景はほぼ画面の半分ぐらいを占めている。このように大型な山水画を描くのは,この窟だけで,敦埋地域のほかの窟に,さらにほかの地方の石窟にも見られない特別なものである。1 文殊変の山水構成〔図4〕画面の全体は上の1/3は山水,中央は文殊菩薩を中心に,人物の行列である。背景の遠景は海,下方の部分は,山と樹木の近景である。山水としては主に画面の上部に集中する。中央に主な山峰が高く,両側に少し低い山峰が釜え立ち,三角形のような構成は穏やかな感じを与えている。山の真ん中に建築を描き,下の二つ山の聞に炎が噴出し,右側に橋があり,右の山に洞窟が見え,その中から光が出ている。これらの神秘的な光景は,五台山の伝説と関係がある。たとえば,莫高窟第61窟の五台山図に,「化金橋現処」,「金剛窟」,「那羅延窟」等の題記文字があり,文献に載せた五台山の聖蹟に該当している。ここに具体的表現をしたのは大体この種の聖跡伝説だろうと思われる。左側の山峰は一部破損しているが,近景と遠景の聞に雲が現われ,遠近の距離を感じさせる工夫がなされている。普賢変の山水構成〔図5〕画面全体の配置は文殊変と同じである。上の部分の山水は左に二対の山峰が聾え立っており,両峰の聞に,滝が湧き出している。左側に遠景の林が見える。そして視線74

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