鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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が下へ行けば行くほど,近づいて感じる。画面中央部近く,海岸のようなところに,玄英三蔵取経図が描かれる。ここから上へ視線を移せば,山の巨大感や,遠くの距離感が強調される。また,右側の山脈は“S”型で現す。山の中の寺や民家などの建造物を描く。全体として,山水の構成は,大きな主峰が中央に釜え立ち,その堂堂とした構成は,五代・北宋以来の華北系山水画の様式を持っている。これはやや古い山水画の伝統で,五代の荊浩,北宋の沼寛の山水画作品によく見られる〔図6〕。特に普賢変の山水画に,山の構成,及び両峰の聞に滝が湧出する様式は,活寛の作品と似た表現ではないかと思われる〔図7〕。これは北宋の画家,郭照の「高遠jと称する方法である(注2)。これだけではなく,山水の構成は極めて複雑で,山々の遠近関係についてはさらに,「深遠」「平遠」等の独特な遠近法も用いているようである。そのうち,滝や川なと守水の流れ,海の大きな波浪,森林に雲の表現等,豊富な表現手法が見られる。実際に郭照の作品「早春図」と比べてみると,郭照が用いている構図法は文殊変の山水にも見られる。しかし,北宋山水様式と共通する部分があると言っても,よく分析すれば,やや違う点もある。例えば,文殊変の山水背景は,左側の山峰を除いて,郭県の「早春図」のような構図が見られるが,全体的に見れば,左側の山峰がとても高く,右の山水とX型の構図になる。いわゆる「対角線」的な構図である。普賢変の山水画も,活寛のような単純さ,強さが薄く,山峰の構成は複雑になり,むしろ不自然さを感じさせる。普賢変全体から見れば,やはりX型の構成になると考えられる。このようなX型の構成は,後の李唐,馬遠などの南宋の画家たちの作品によく見られるものである。南宋的な様式と考えてよい。三樹木の表現樹木を描く一つの様式は木の枝を描いて,樹幹が見られない,いわゆる「枝あり,幹なしJ(注3)と称する様式である。これは関同,宿寛の作品にもよく見られ,五代北宋以来の伝統だと考えられる。しかし大部分の樹木は,江南系山水画の影響による,新しい様式である。普賢変における雲に固まれた色の薄い樹木の表現は,いわゆる米帝と米友仁父子の「米氏山水」の樹木様式とよく似ている〔図8〕。普賢変の上部左側において,林が雲に隠れ,上部-75-

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