(9) 1906-1908年頃。(11)衝立と肘掛け椅子のこと。同LI,p. 182. 1908年4月頃ジェフロワはゴプランのために「衝立と械盤jの下絵をLF, p.81; 1908年4月10日のルドンからアンドレ・ボンゲルへの手紙,LI, 絵jを描いたと誤認している。tee par Suzy Levy, Paris, Jose Co口i,1987, p. 156 ;以後LIと略記),ジェフロワのサロン・ド一トンヌ評(GustaveGEFFROY, "Salon d'automne",ι'Humanite, 20 octobre 1904, no. 186, pp. 1 -2 )。同このコレクターは,写真中〈アンドロメダ〉の右側に見られるもうl枚の作品も購入した。また〈アンドロメダ〉は1908年末にパリの画廊でも公開された。ωGustave GEFFROY,“L'art modeme des Gobelins", Les Arts, no.155, octobre 1916, p.18. 同ルドンからギュスターヴ・ファイエへ宛てた1912年6月20日付の手紙にはタピスリー下絵のことが語られている。「私はビ、エーヴルとパリとを行き来します。パリでゴブランのためのかなり大きなパネルに取りかかったり,精力的に取り組んで、いるのです(Lettresd'Odilon Redon, 1878 -1916, publiees par sa famille, prφce de Marius AηLeblond, Paris et Bruxelles, G. Van ~st, 1923, p.96;以後LFと略記)oJ描いてくれるよう頼んだ(1908年4月4日付ルドンからファイエ夫人への手紙,p.156)。このためパクーとガンボニはルドンがゴブラン織りの「衝立と繊訟の下同ルドンが描いた織物下絵が最初に展示された記録は1902年にデュランニリュエル画廊での展覧会となっているが,この下絵がどのような契機で作られたのかははっきりしていない。同1903年1月2日付ルドンからボンゲル宛の手紙(RoselineBACOU, Odilon Re-don, Geneve, Pierre Cailler, 1956, p.166) ,ルドンの台帳というのはOdilonRe-don. Prince of dreams. 1840 -1916, Chicago, The Art Institute of Chicago, 1995 で示唆されたMellerioRedon Papers, coll. The Art Institute of Chicago (pp.67 68)だが筆者は確認していない。伯爵は,セザンヌ,ドニ,ゴッホ,ルノワール,スーラ,シニャックらの絵画のほか新旧のタピスリーを蒐集していた(GloriaGROOM,“The late works" , Odilon Redon. Prince of dreams. 1840 -1916, Chi--153-
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