鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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「誰ケ袖図JI武蔵野図JI柳橋水車図」の造形面の比較であることから,今回は特に両者を区別せずに検討を進め,ここでは何らかのかたちで金,銀を用いているか否かを問題とする。さらに,主要モチーフの小袖を中心とする衣裳に目を転じると,その文様にも金が多用され,装飾的で華やかな衣裳を描くのに役立っている。また,蒔絵を表現した衣桁をはじめとする漆工表現にも金が使用されている。あるいは,フリア本では,衣桁のかわりに扉風に衣裳がうちかけられるが,右隻に描かれる扉風には金箔が撒かれており,鮮やかな画中画となっている。一方で,渡辺美術館本は,背景を銀地で処理し,その手前に金扉風を配するという手法をとる。金銀両方を取り入れた画面は華やかであり,さらに,衣裳も金に限らず銀を多く取り入れることを特徴としている。この渡辺美術館本と構図が類似するK家本は,扉風を伴わず背景は金地で処理されるものの,衣裳には銀が多く用いられる。先にみた作品群に比して,意識的に銀を用いていることが渡辺美術館本,K家本の特徴ということができる。また,太田記念美術館本も,衣桁の配し方や小袖の描き方などその画面構成は根津美術館本「誰ケ袖美人図jに通じるものがあるが,背景に銀を用いる点が特徴的であるといえよう。このように,背景,主要モチーフである衣裳に金を多用する点が「誰ケ袖図」の特色のひとつとして指摘できる。つづく「武蔵野図」にも,金が多く用いられる。画面の水平線を強調するかのような金雲を配し,さらに素地部分には金箔を撒く。また,1武蔵野図」において重要な役割を占める月の表現にも銀が用いられる。江戸東京博物館本,サントリー美術館本,東京国立博物館本〔図2),東京富士美術館本,個人蔵B本,個人蔵C本などに先行すると位置づけられる個人蔵A本にも,画面上部に棚号|く金雲,中央部は素地に撒かれた銀箔,そして月にも銀箔が用いられている。また,個人蔵F本のように,片隻に銀泥の月に秋草,素地に金箔を散らし,画面上部には金雲が棚引く様を,もう片隻は素地に銀箔を散らし,稲穂を描く作品もある。月の描かれる隻は,上述の「武蔵野図j定型ともいうべき作品群とモチーフ,画面構成ともに類似しているが,稲穂、を描く隻は,稲穂というモチーフのみならず,その稲穂、の配し方も他の「武蔵野図jとは性格を異にしており特徴的といえる。すなわち,金,銀の使用に加えて,定型グループともいえる先述の作品群の特徴として指摘し得る,画面を水平線で分割し横への広がりを強調する,という意識が希薄であるように思われる。同様の理由で,この隻にあらわされた金雲も,もう片隻とは趣が異なっている。さらに,個人蔵E本〔図3)も,-295-

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