鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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⑮ 14世紀前半のマケドニア地方における教会堂装飾一一聖ニコラオス図像を中心に一一研究者:大阪大学大学院文学研究科博士後期課程吉松実花はじめに最も人気のあるキリスト教聖人の一人である聖ニコラオスにちなむ説話図像サイクルが,ピザンテイン文化圏の教会堂の内部装飾に多数現存する(注1)。それらの中でも,マケドニア地方テサロニキに残るアギオス・ニコラオス・オルフアノス聖堂(以下,オルファノス聖堂,或いは本聖堂と略記)の「聖ニコラオス伝jサイクルは,その場面数や完成度,保存状況という観点からみて,本格的な考察に値する事例であるといえるだろう。オルファノス聖堂は,ピザンテイン後期パレオロゴス朝時代に属する,およそ11メートル四方の床面をもっ小教会堂である。矩形のナオス(本堂)と,その北,西,南をH字型に囲むアンピュラトリー(周廊部)から成り,東端部にはアプシスをそなえるプランをもっ〔図1・2J。現存率の極めて低いピザンテイン美術にあって,本聖堂内部の壁面を飾るプレスコ画は,殆ど損傷を被ることなくほぼ完全なアンサンブル重な作例でで、ある。オルファノス聖堂の内部を飾るこれら一連のフレスコ画の制作時期については,銘文や同時代史料の裏付けをもたないこの時期の他の多くの聖堂と同様に,従来,主に様式に基づく推定がなされてきた。聖堂内の壁画は,1959-60年にかけて本格的な調査と洗浄がなされ,1964年にはこの調査に中心的立場で携わったクシンゴプロスによって報告書が出版された。その中で,クシンゴプロスは本聖堂のフレスコ画の制作年を1310-20年とした(注2)。その主たる根拠となっているのは,スタロ・ナゴリチノのスヴェテイ・ジョルジェ聖堂のフレスコ画(1316-18,ミハイルとエウテイヒオスの署名),及び\ヴエリアの救世主復活聖堂のフレスコ画(1314/15,銘文にカリエルギスの名)との緊密な類縁性である。両聖堂ともに,制作年や画家が確定できる貴重な基準作例であり,また1310年代は,首都のコーラ修道院主聖堂やテサロニキの聖使徒聖堂といった,両都市を代表するモニュメントの装飾と重なる時期でもある。こうして,オルフアノス聖堂のフレスコ装飾は,いわゆる「パレオロゴス・ルネサンス」と呼ばで330

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