鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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れる時期,なかでも文化活動の最盛期に当たる1310年代の制作であると位置づけられた。他の多くの研究者たちも同意見をとっており,以来クシンゴプロスの説は三十数年を経た現在に至るまで,専門の研究者たちによって支持されている(注3)0 1986年に出版されたチトゥリドゥの研究書を最後に,それ以後,オルファノス聖堂を本格的に論じた研究は現れていない。このことからも,本聖堂,とりわけそのフレスコ装飾については,クシンゴプロスにはじまって,チトゥリドゥの研究をもって一定の成果を実現したとする美術史研究者たちの了解を引き出したことが窺える。しかしながら,オルファノス聖堂の「聖ニコラオス伝jサイクルが本格的に論じられることは殆どなかった。従って,同サイクルを綿密に観察することで,これまでに見逃されてきた新たな事実や,本聖堂の内部装飾の制作時期を再考するための何らかの手がかりを提供できることが期待される。本論稿は,本聖堂の内部装飾の制作年を見直すために,聖ニコラオスの説話サイクルを新たな視点で再検討する試みである。アギオス・ニコラオス・オルファノス聖堂の「聖ニコラオスイ云」サイクルオルファノス聖堂の「聖ニコラオス(以下,ニコラオス)伝」サイクルの13の場面は,西アンピ、ユラトリーの東壁面,西アンピュラトリーとナオスとを繋ぐ出入口扉のすぐ上に位置する。それは正面入口から教会堂に足を踏み入れるとまっさきに目に付く位置である。その壁面に横長の帯状で二列に配されている〔図3)。オルファノス聖堂のフレスコ画を,Iニコラオス伝」サイクルに着目しながら,研究をすすめていくにあたって,最終的に解明したいと念頭に置いているのは,次の三点である。1.論者がこれまでにとりくんできたニコラオスの「聖人伝イコン」の「枠絵」に描かれる説話図像に関して,聖人伝テクストとの比較検討をつうじて得られた成果,とりわけ「枠絵」部分の配置に関して指摘できる事実が,本聖堂においても見いだし得るのか,という点(注4)。さらに本聖堂内の他のサイクルと較べて,装飾プログラムの面で,1ニコラオス伝Jサイクルがもっ特徴とはどのようなものであり,その特徴に「聖人伝イコンjとの関連性を見出し得るのか,という点。論されてきた先行の諸研究を検証すると同時に,そこで主張されてきた同時期の他の諸聖堂との類縁性が,1ニコラオス伝」サイクルにおいて,どの程度まで有効で、あるの2.本聖堂のキリスト伝やマリア伝サイクルを中心に,主に図像と様式の面から議-331-

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