ントとなっているが,どこまでが肩で,どこからが腕なのか判別がつかず,体躯の構造の把握などには無関心のようである。されど特に襟元の濃墨線は漆みながら,うねりながら,この画面に深い趣を与えている。維摩が右手に執る払子の柄は衣紋線と同じく濃墨の没骨で象り,払子の毛束は先の割れたような筆を数回弧をヲ|いて表し,それを握る手指は渇筆で大雑把に描かれている。一方,顔の輪郭・目鼻は比較的淡い墨を用いて,速い筆致で描き,髭や眉毛は枯れた味わいの軽快な墨線を引き重ねて表している。両除と眼嵩は簡潔にして的確な塁線で表され,瞳の点の位置も狂いがなく,眼光の鋭さはひときわ印象的である。隆起した額の骨格,への字に結んだ口,大きな鼻によって,老いてもなお頑強で,鋭敏な精神の人物像が描写されている一方,細かいことに頓着しない豪放な姿はユーモラスな雰囲気をも醸し出している。先学の研究により,維摩図は光琳の小品水墨画の中で完成度の高い作品として一様に評価されている(注2)。そこではしばしば「皮肉JI自画像」というキーワードが用いられる。鈴木進氏によって「維摩の顔は,水墨画の線を光琳風に解撞して,軟らかさの中に鋭さを失わず,しかもそこには,酒脱な,皮肉さえも感じられるほどである」と述べられた(注3)のち,飯島勇氏によってI(維摩の)目もと口もとに皮肉をほのみせているのも,必寛は光琳その人の心境を写しとったものとは見られないであろうか」と指摘され(注4),その後も図版解説などで「皮肉JI自画像jというキーワードが繰り返し用いられている(注5)。さらに維摩が横目で描かれている顔貌から,同じく画面右方を見遣る「竹に虎図J(京都国立博物館所蔵)に描かれる虎の視線との類似を指摘されてもいる(注6)。いずれも「維摩図jの印象,解釈としては一理あると思われるが,維摩が仏教の伝統的画題である以上,維摩という人物像がどのように理解され,表現され,そして受容されてきたかという背景を顧みることなく,近世の光琳が維摩に皮肉を込めたと結論することには少々抵抗を感じる。そもそも本図における皮肉とは誰の何に対するものなのか定かではない。維摩の横を見る図様が皮肉なのか,光琳の維摩に対する解釈が皮肉なのか,光琳の当時の社会に対する見方が皮肉なのか。あるいはまた維摩に皮肉を込めるという表現形態は光琳の独創であって,他の画家の作品には見られないものなのであろうか。光琳は維摩という画題をどのように考え,本図のような表現に至ったのかという点を考察するにあたり先行する作品から影響を受けたものがあるのかを確認する必要がある。以上のような理由から光琳筆「維摩図」を考える上で,先行作例を参照し検討したい。414
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