⑨ ナポリ,サンタ・マリア・ドンナレジーナ聖堂の研究14世紀初めに建造された旧聖堂は,この新聖堂の右脇に沿う非常に狭い通りを入った一一一アンジュ一家の美術とその時代背景ドイツ語圏の女子修道院聖堂建築との比較を中心として一一研究者:北海道教育大学生涯学習教育研究センタ一助教授はじめにナポリ旧市街,大聖堂のすぐ裏に位置するサンタ・マリア・ドンナレジーナ女子修道院は,イタリア国家統一直後の1861年に廃院となるが,現在でも新旧二つの聖堂が往時の姿を留めている。ナポリ大司教区事務所の入口と小さな広場ラルゴ・ドンナレジーナをはさんで向き合うのは,17世紀前半に建造され,フランチェスコ・ソリメーナらの絵画によって装飾されていた新しいバロック聖堂である。本研究の対象である奥にあり,両者は内障を背中合わせにして,細長く縦に並んでいる。新聖堂が完成した後,旧聖堂は典礼の場としての役割を終え,大きく改変を蒙った。その壁面を広く覆っていたカヴァリーニ工房の手になるフレスコ画が再び日の目を見るのは19世紀終わりのことであり,建築が原状を回復したのは1930年代になってからである(注1) 〔図1-8 J。筆者はこれまでドンナレジーナ聖堂に関する考察をいくつか発表しているが,それらは常に,ある視覚的・空間的効果を備えた建築の中に描かれる絵画を,その建築的文脈の中で解釈することを目的としていた(注2)。そのために,この聖堂の中で修道女たちがいかに建築を享受し,また絵画をどのように宗教的実践に生かしていたかを念頭に置いてきた。こうした作業の中で,絵画図像,とりわけ身廊と内陣との接合部である凱旋門アーチ上に描かれる〈天使の位階>c図7Jが,ドンナレジーナ聖堂特有の建築類型を踏まえたものであり,修道女たちの信仰生活,具体的には黙想や観想のあり方を明らかにするものであることを指摘した。本稿は,こうしたドンナレジーナ聖堂に関する包括的研究の一部を成すものであるが,特にドイツ語圏の女子修道院建築,中でもドイツ・バイエルン州北部の女子シトー会聖堂との比較検討を主目的とする。これは,2000年度に鹿島美術財団の助成を受けて行われた調査結果を報告するものであるが,その内容に基づいて筆者は,アメリカ・ミシガン州カラマズーで開催された「第36回中世研究国際学会(36thIntemational 谷古宇尚-454-
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