鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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図1)。絵第二段(まさこ君が忍び歩きの途中,藤花と隼の音に導かれて,故左大臣の⑮物語絵の作画手法に関する基礎研究一一下絵創作における回線の技法について一一研究者:和泉市久保惣記念美術館主幹・学芸員河田昌之数年前,平安から江戸時代にかけて制作された白描絵を集めた展覧会を企画した時,白描絵のなかには下絵の痕跡が見られない場合でも画面に緊密な構図を与えるために,画面構成の手がかりとなるような,下絵と同様の性格を備えた手法があったのではなかったかと考えるようになった。それは次の経験からである。美術館用の保管資料とするために写真撮影を行った時,ライトの向きをいろいろ調整していると,巻子装になった作品の表面に強い縦折れが目立つものがあった。巻子装では巻末に近い部分に巻き癖などによって縦折れが生じることがあるが,撮影時に見た縦折れのなかにははっきりとした線状の窪みが確認できた。その後,和歌を題材にした絵画や蒔絵による作品展を企画した時にも,撮影中に彩色絵の画中に白描絵の場合と同様の線描きしたような窪みを持った作品があることに気づいた。この度の調査,研究において,やまと絵の作画基礎となる下絵が,彩色絵や白描絵すなわち彩色や白描の手法で描かれた作品において,どのような方法でなされているかを明らかにしたいと考えた。2 回線の使用が想定できる作品これまで窪みをもっ描線(凹線)が見られたのは数例で,主題は物語絵もしくは世俗画であった。それを受けて,今回の調査対象は平安時代から室町時代の物語絵にしぼった。凹線が確認できた作品はきわめて少なかった。また回線であるのか,たとえば折れによって生じた筋などの凹線以外のものであるのかどうか判断に迷う作品もあった。次に上げる作品は,回線もしくは回線と推測されるものを含むものである。各作品のどの部分に凹線が用いられているのかを順次述べていこう。この絵巻で回線と推測されるものが,絵第二段に見られる(描き起こし図1,部分娘で冷泉院の女御である梅査女御の邸に立ち寄った場面)では,邸の濡れ縁で高欄にl 調査の経緯(1) I寝覚物語絵巻j紙本著色一巻平安時代大和文華館所蔵-473-

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