れるため,凹線の可能性はあるが,凹線の痕跡として明確に指摘することは障賭される。凹線の調査対象は徳川美術館に所蔵される十五場面の絵画である。調査にあたっては,平成十二年秋,五島美術館で開催された特別展「源氏物語絵巻」での観覧を参考にし,同館から提供された写真資料を用いた。「蓬生J(源氏が藤花の香りに誘われて末摘花の荒れた邸を訪ねる場面)では,源氏の狩衣の肩と袖,指貫,惟光の狩衣の袖や肩,腰を構成する輪郭に部分的に剥落の筋が見える。源氏と惟光が描かれている部分は縦横に折れが走っているが,両者の装束の筋は輪郭に沿っており,経年による自然発生的な折れとは異質であるところから,回線を想定した。「柏木-J (女三の宮が父の朱雀院に出家の意思を告げる場面)では,女三の宮の前に立てられた源氏側の九帳の左端と,源氏の右にいる女房の傍らにある九帳の右端に沿って線状に剥落した部分がある。野筋の輪郭との境が線状に剥落する要因としては,ん帳と野筋に塗られた顔料の質の違いによって剥落の度合いに差ができたこと,さらに画面構成を決めるために回線によってん帳の位置を定め,次いで紙面に付けられた窪みの上に顔料が塗られて,剥落時にその部分が線状になったことが考えられる。「柏木二J(良心の町責から病の床についた柏木をタ霧が見舞う場面)では,柏木の枕元でタ霧が座る下長押の右側の丸柱が扉風の枠と接する部分の輪郭線に強い筋が見える。その筋は釘隠しのある下長押の右端の線に連続しているが,隣接する畳の縁には及んでいない。このことから,柱と扉風の境の筋は,意図的に付けられたものと判断できる。柏木とタ霧の上方には巻き上げられた御簾が描かれ,その帽額に続く縦縁には輪郭に沿って線状に剥落しているものがあるが,凹親かどうか判断できなかった。「柏木三J(女三の宮が生んだ薫の五十日の祝いで,源氏が複雑な気持ちで薫を抱く場面)では,画面中央に斜めに配された長押から垂れる御簾の縁布と,長押から下方に続く柱の一部に強い筋が見られ,回線を類推させる。御簾は周囲に巡らされた縁布と内側の三本の布部が緑青で塗られているが,凹状の筋は縁布の右内輪郭,内側にある中央の布部の右上に部分的にある。また柱では,御簾越しに見える柱の上部右側に(2) I源氏物語絵巻」紙本著色絵十五面平安時代徳川美術館所蔵-475-
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