鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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しミ。押や畳など直線が多い屋内場面に適していることを示していると解される。「関谷jに回線がたどれないのも直線の少ない屋外描写には不向きであったためであろう。先にもふれたように,ここに挙げた凹線と思われる部分は,写真から導き出したものであり,あらためて本作にあたり確認した上で結論を出すことが必要であるが,そこに見出された強い筋は,画中に散見する縦折れの線とは異質であり,凹線を想定させる。続いて挙げる3,4はこれまでの調査で凹線が確認できた彩色絵と白描絵の一部である。3は全体を,4はその一場面を挙げ,回線下絵を考える上での比較資料とした全十六頁中の見聞き二頁にわたって著色の下絵が備わる。絵は部屋のなかで炉を囲んで、会を被って眠る男,子供をあやす女たちが描かれ,屋外には紅白の花を付けた梅樹が配される。平安貴族の暮らしを連想させる光景で,別頁に書かれた紀貫之の「冬ごもりおもひかけぬに木の間より花と見るまで雪ぞ降りくる」の歌意と関連させて解釈されてもいる。絵の頁には経文を書くための界線がヲ|かれる。界線は絵の上から凹状に強く付けられているため,絵の具は界線にそって剥落している。絵にはこの界線とは別に下絵と考えられる凹線が認められる(描き起こし図3)。凹線は左頁の画面右上から左下にかけて対角に描かれた長押,巻き上げられた御簾,下長押につけられており,いずれも長線である。このうち御簾の下輪郭と下長押の少し上あたりには二本の凹線が平行して引かれている(部分図2)。本画の線はそれらを外して入れられており,下絵が修正された痕跡と考えられる。また右頁では炉の隅と,上部で背を向けている女が座る敷物の輪郭に回線が見られる。敷物の回線は人物にかかっておらず,むしろ人物を避けてヲ|かれているところからすると,この絵では下絵を描く時,人物の配置などもかなり細かく決めて作画されたのであろう。凹線によって,絵師による推敵や制作の過程をたどることができる。(4) I中宮物語絵巻」紙本白描三巻室町時代(個人所蔵)白描の手法で描かれており,縦寸法が13センチあまりの小型絵巻で,各場面に凹線が確認できる。その一場面を挙げると,長押,柱,襖の木枠,蔀戸,畳の縁のほとんどに凹線が施されている(描き起こし図4)。畳の縁の凹線が人物にかからないように(3) I観普賢経冊子」紙本著色ー帖平安時代五島美術館所蔵-478-

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