⑮ 3年間の自由主義政権期におけるゴヤの民衆像の変容研究者:大阪大学大学院文学研究科博士課程後期『気まぐれ』に代表される啓蒙主義的・風刺的な民衆像から,独立戦争中の諸作品に見られる愛国的・英雄的民衆像を経て,戦後のゴヤは,宗教行列,カーニパルの場面,魔女集会など戦前に描いたテーマを再び頻繁に取り上げつつも,その表現は戦前とは明らかに異なるより激しい査曲が加えられたグロテスクなものに変化している。本報告書では独立戦争以降の宗教行列を主題とした作品及び〈黒い絵〉の〈サン・イシドロの巡礼〉を取り上げ,同時期の祝祭に見られる政治的特質と,画家の下層階級に対する視線の変化という観点から,これらの作品について考察していきたい。〈サン・イシドロの巡礼>(1820-1823/24年,GW.1626) (図1)はいくらかの研究者によって,同じく「キンタ・デル・ソルド」一階部分に描かれた〈サトュルヌス>(1820-1823/24年,GW.1624) (図2)を中心に一連の〈黒い絵〉との関連に注目した解釈がなされている。ノルドストロームは〈サトュルヌス〉を「時J(クロノス)として,さらにメランコリー気質の人物像として解釈し,そのメランコリーを当時のゴヤの精神状態の反映として解釈した上で,{サン・イシドロの巡礼〉がサトュルナーリア祭を想起させるとし,サン・イシドロ(SanIsidro de Labrador)が,マドリードの守護聖人であると同時に,農耕神サトユルヌスと同様農民の守護聖人であったことにも触れている(注1)。全体的テーマについては,これらの作品が,画家が支持していたはずの自由主義政権下に制作されたことを理由に,制作期の政治的問題に言及するものではなく,1病と進みゆく老齢,そして政治的恐怖の時代を経験した彼自身の人生の眺望を,身震いするような回顧として反映したものjであると結論づけている(注2)。一方ミユラーは,ゴヤの人食の〈サトュルヌス〉とダンテの『神曲』に付されたサタンのイメージの近似(注3),魔術と人食との結びつき等から,同じくく黒い絵〉の一部をなす〈魔女集会〉との関連性を指摘し,{サトュルヌス〉を「サタンjとして解釈した上で,{サン・イシドロの巡礼〉と『戦争の惨禍.]70香「彼らは道を知らないJとの類似性について考察している。彼女は,盲人が盲人を導くという主題について,ブリューゲルの同主題の絵画を例に挙げつつ,カーニパル的な「さかさまの世界Jとの関係を1. <黒い絵〉と祝祭的世界宮崎奈都香558
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