るJ(注22)。化jを禁止した理由について以下のような判断を下している。I(それは,これらの政治的祝祭が)民衆を興奮させ反抗的態度を広めるために狭滑に考え出された,舞台稽古やプレリュード以外の何ものでもないことを(政府は)知っていたからだJ(注19)。さらに『黒い絵』との関連において注目すべきことは,同じ記事の中でフェルナンド7世が「サトュルヌス」と呼ばれていることである(注20)。戦前よりゴヤと深い親交をもっていた詩人メレンデス・パルデスもまた,恐らく独立戦争終了後間もない頃亡命先のフランスで制作したと思われる,フェルナンド7世の専制政治の復活を批判する詩の中で,フェルナンドを「怪物(elmonstruo) Jと呼んだ上で,彼の治世を「サトユルヌスとレアの誉れ高い時代」と皮肉を込めて表現している(注21)。一方「宗教的妄信jの語は独立戦争以後明確な政治性をもっに至ると共に,しばしば矯正不可能な病・狂気として,暴力性・残虐性を備えたものとして語られるようになっていた。戦中に出版された皮肉的で、誇張的な反教権主義的著書の中で,バルトロメ・ガリャルドは,{妄信〉を以下のように説明している。「それは精神的・道徳的な病であり,残酷且つほぼ治る見込みのない病であるJIそれは特に裾の長い外套(ho-palandas)に引導された者にとっては,心の奥底を焦げ付かせる狂犬病のようなものであるJIその状態は真に惨憎たるもので,病人は,たとえ自分と同じ血が流れていようとも,彼と感じ方や考え方の異なるあらゆる人の首を切りたい衝動に駆られ,(中略)人類の半分を火刑にして焼き尽くしたいとさえ望むのだj。さらに彼は「妄信」に完全に直接的な政治的意味合いをもたせている。「妄信には2種類ある:宗教的妄信と政治的妄信であるJI(これら2つの妄信が)一国に伝播すると,戦争にも,飢餓にも,ベストにも増して荒廃をもたらすJI我々がそれらの狼愚き妄信に苦しめられた,非人間的でむごい戦争を,何といえばよいのだろうか?あらゆる国の社会秩序の撹乱者の中で,宗教的妄信者より反逆的で抑制の不可能なものはない。なぜなら神が与える至上の法に熱狂し,人間のあらゆる法を価値の低いものとして敬わないからだ。こうして自身があらゆる人間,あらゆる法,あらゆる政府に優越していると信じ込むのであ実際,1822年以降の内戦において,王党派・聖職者等の反動勢力及び民衆による反乱は,宗教戦争としての色あいを強く帯びていた(注23)。レブエルタ・ゴンサレスによると,これらの蜂起に際して行われたセレモニーは,政治的行事というよりもむしろ宗教行列の様相を呈していた。反乱に際しては,法衣を纏い首に十字架のベンダン-564-
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