鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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て最後に,視線の政治学の観点から「吊り目」の表象の持つ意味と,なぜ、今日もくり返し再生産され続けるのかを分析する。1 I吊り目」と現代アート「吊り目jは,現代のアーテイストにとっても作品のテーマのひとつとなってきた。まず,在米のアジア系アーテイストの幾つかの作品を見ることから始めよう(注1)。ひとりの女が自ら左眼を吊り上げている肖像写真がある。吊り上げられた左眼は,どこを見ているのか分からず,鑑賞者を見つめ返すことはない。右目は閉じられたままであり,顔の中央を真横にIOBJECTIFIEDOTHERJの文字が走っている。これは,在米の韓国系アーテイスト,ヨンスン・ミンの〈メイク・ミー}(1989年)という作品である〔図2J。子どもの頃,家族とともに韓国からアメリカ合衆国に移住したミンは,その国がアジア系の人々に対して期待する「マイノリテイのお手本Jとしての勤勉さや,外国人に対する同化の圧力,そして同化を迫りつつ「エキゾチックな移民」として差異化する同化と差異の政治に息苦しく感じてきた。そのため,ミンは「自分は何者か」とたえず問い続け,この作品において,西洋の目を通して歪められたアジアの肖像を,自らの身体を使って再現することによって拒否し,真っ向から批判しようとしたのである(注2)。19世紀から20世紀にかけて人類学者や科学者たちが,ある人種や民族に「本来備わった生物学的特徴jを特定し,序列化しようと計測器を使って研究を重ねたことは周知の通りである。そして,第二次世界大戦において,同じ東洋人である日本人と中国人が欧米人にとって敵と味方に分かれたときに,顔を観察することによって,瞬時にして両者を見分ける方法を宣伝していたこともよく知られている。日系アメリカ人アーテイスト,ベン・サコグチが1980年代半ばに制作した〈ちがいをどう見分けるか〉は,第二次世界大戦中にアメリカ合衆国で盛んに宣伝された,民族の身体像をひとつのステロタイプに収散させて敵'鼠心を煽っていく愚かしさをまざまざと見せつける作品である〔図3)。〈ちがいをどう見分けるか〉は,軍服を着た東僚英機と,伝統的な中国の帽子を被った中国人指導者の顔を,それぞれ日本人ジャップと中国人チャイナマンの代表として大写しにしている。そして,それぞれの顔の部位には矢印で民族的特徴が書き込まれ609

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