③ 古賀春江の作品に見るグラフイズム研究者:愛媛県美術館学芸員中山公子l.はじめに夫折の画家・古賀春江は,その短い画業の中でめまぐるしいまでの画風変遷を見せた。中でも〈海}(1929年,油彩・画布/東京国立近代美術館蔵)C図1Jに代表されるような,複数のイメージを組み合わせるフォトモンタージュの技法を駆使して描かれた作品は,日本のシュルレアリスム絵画の先駆的事例として,また古賀の代表的な作品として残されている。同傾向の作品は,1929年から1931年にかけて集中的に現れるが,近年古賀のこの時期の作品を「シュルレアリスム」と結びつけることに疑問を持つ研究者によって,様々な角度からの検証がなされてきた。それらは,主に古賀春江自身が著した「超現実主義私感JOアトリエ』七巻一号/1930年1月)が示すシュルレアリスムは,極めて独創的なものであり,フランスのシュルレアリスムとは異質なものであるというもの(注1 ),またさらには,こうした思想的な裏付けの錯誤や,技法に関する情報の偏りを,これは古賀に限ったことではなく,当時の日本におけるシュルレアリスム理解の実状として指摘した上で,超現実主義と機械主義が同居した古賀の方向性を考察したもの(注2)などが挙げられる。その他には,フォトモンタージュ技法による制作に用いられたイメージの源泉を特定することによって,古賀独自の理論に基づいたシュルレアリスムをさらに追求したものもある(注3)。こうした先行研究をふまえながら,1929年以降に現れる数例の作品をあらためて見直すにあたって,この時代の洋画界とグラフイツク・デザイン界における相Eの影響関係に注目し,古賀春江の1929年から1931年にかけての主にフォト・モンタージュの手法を取り入れた作品が生まれた背景とその位置付けを明かにするとともに,古賀春江の絵画世界をひも解く糸口を新たに見出そうとした。その比較対象として,日本のグラフイック・デザインの先駆者である杉浦非水と,プロレタリア芸術運動を中心にポスター,装申貞他デザインの分野で膨大な作品を残している柳瀬正夢を選び,調査を開始したが,その過程で、柳瀬正夢の未公開作品を新たに発見するに至り,それらを含めた柳瀬の一時期の作品群と,古賀の1929年以降の作品を比較することによって,古賀の方向性がより明確になってきた。631
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