鹿島美術研究 年報第18号別冊(2001)
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『北斎漫画』は,この世で実際に目にすることが出来る物や事ばかりでなく,神話や伝説,物語などで親しい物や事まで,森羅万象を描き尽くした,東洋の「図像百科事典」といえます。3編〈風神・雷神〉には風の神様と雷の神様,12編〈お化けたち〉には,首の長い女のお化けが二人と,目が三つある男のお化けが一人登場しています。今しも,三つ目のお化けに,レンズが三つある眼鏡が眼鏡屋の承認によって届けられており,笑わせてくれます。ることは出来ませんので,北斎の素描の魅力をいくつかの要素に分けて,それらを代表する図に限って以下に紹介して行くことにしましょう。先ずあげられるべき『北斎漫画』の魅力の一つに,この世に有りとあらゆる物の形と構造とをしっかりと捉える,確かな素描力があります。ここには路上で働いたり,遊んだりする江戸の庶民の姿がいきいきと伝えられています。初編〈路上の人々〉には蹴鞠という日本のサッカーを楽しんでいる男たちが見られます。江戸には銭湯という,有料の庶民向け公衆風日がありました。ここには女風呂の情景が描かれています。お腹の所に帯を締めている人は妊娠している人妻,ひげを剃っているのは尼さん(仏教の尼僧)です。つるつるの頭ばかりではなく,男のように顔のひげを剃っているところが目を引きます。『北斎漫画』初編〈雪中の人・雨中の人〉の上半分に雪の中を行く人(3人)と馬(l頭),下半分には雨中に傘をさす人たち,r北斎漫画j12編〈強風に悩まされる路上の人々〉には路上で強風に悩まされる人たちの様子が巧みに描かれています。雪や雨,風といった気象条件の差が,人々の姿によって実に良く描き分けられています。北斎はルネサンス時代の巨匠レオナルド・ダ・ヴインチのように,水の変態を観察すること,その観察の結果を正しく描き分けることに,大変熱心でした。ここには,川の流れる様子が,4態表わされています。『北斎漫画j2編〈寄せる波.51く波〉と『北斎漫画j7編〈阿波の鳴門〉は海の波の様子です。右の図は阿波という江戸から遠い地方の有名な渦潮の有様を伝えようとするものです。そして前者では,上半分が浜に寄せてくる波,下半分が引いていく波の形と,画中に文字でも注記しています。4編〈鳥いろいろ},初編〈虫いろいろ〉では,自然、が生み出す律動感が,濃淡の墨の変化のみによって,見事に表現されていて,感動的です。様々な鳥と虫が描かれて全15編に4000図以上もの図が描かれたそれら「漫画jのすべてをここでご覧に入れ-701-

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