⑬ ニコラ・プッサンにおける古代美術の受容研究者:慶麿義塾大学大学院文学研究科後期博士課程望月典子序プッサンの古代受容について:従来の解釈と本論の目的本研究の目的は,プッサンの絵画制作における古代受容の特徴を検討することにある。プッサンの作品と古代美術の関係の重要性は,既に同時代の伝記作家や批評家に論じられ(注1) ,今日でも自明のこととされている。その多くは,プッサンの芸術の独自性を強調し,その古代的性格を一般的,抽象的なものと見なす傾向にある。すなわちプッサンは古代美術の猿真似的な模倣は行わず,美の理想、としての古代の特質を完全に吸収した後に作品化したのであり,プッサンと古代との関わりは,少数の例外を除いて,古代美術の中に具体的な視覚上の着想源を識別できるようなものではないと言われてきた。あるいは,プッサンが古代美術に負っているのは,髪型や衣装などの細部や,ある性格や年齢を典型的に示す古代彫刻の人体比例だけであると考えられてきた(注2)。このような論調の中にあって,エマリング,ウイットコウア,ブルらの研究は,初期から中期に描かれた幾つかの作品について,具体的に古代美術にその着想源を指摘できることを示した上で,ルネサンスの先行作品から着想を得て,最終段階において古代の形に引き戻すという,プッサンの作品制作の特徴を抽出した(注いて,さらなる干食言すを加えることとする。そのための前作業として,当時出版された古代彫刻版画集,プッサンの重要な支援者であったカッシアーノ・ダル・ポツツォが集成した古代遺物の素描集『紙の博物館』などを調査し(注4),プッサンが視覚上の着想源としたと思われる古代作品を幾っか単に着想源の指摘にあるのではなく,プッサンが古代美術を活用しながら,それを独自の作品へと昇華させていく方法,そのための独特の古代受容の方法を,具体例に基づいて検討し提示することにある。プッサンは,題材としての物語そのものよりも,コンチェット(concetto)すなわち視覚上の比輸的表現(metaphoresvisuelles,便宜的には会面的比聡」とする)(注5)によってテーマを創り出すことに関心を持っていた。この目的のために古代美術を利用する方法に,プッサンの独自性と古代受容の一側面を見ることができる。ベッローリが残した絵画に関する覚書の中で,プッサンは,詩3 )。本研究では,これらの先行研究を踏まえ,プッサンの古代美術受容のあり方につ発見した(特に後期の作品の例を示す。図ll~図14)。しかし,今回の報告の主眼は,-146-
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