人タッソの理論に従って,絵画の新しさは題材にあるのではなく,その「配置(dispo-sitione) Jにあると語っている(注6)。プッサンは,複数の文学上の典拠を十分研究した上で,ある題材から独自のテーマを見い出し,その題材を構成する諸要素を画布上に適切に「配置jし,絵画的比喰(コンチェット)によって,個々の要素が暗示するものと,それらの対比により生じる意味を利用して,新たな意味を創出しているのである。そして,この方法は,プッサンの最初の理解者だ、った詩人マリーノの詩法と深く関わっている(注7)。本稿では,プッサンの〈マルスとヴィーナス>(1627~30年頃,ボストン美術館,(図1J) (注8)を具体例として,プッサンとマリーノの関係およびプッサンが古代美術を用いつつ実現した絵画的比輸とその意味について検討する。〈マルスとヴィーナス〉は,当時,プッサンの重要な支援者であり,古代への造詣も深かったカッシアーノ・ダル・ポッツォのために描かれた作品であり(注9),主題としてもマリーノの作品と結び付きが深く,この問題を検討するのに好適な作品であると考えられる。1 {マルスとヴィーナス〉の図像伝統と平和の寓意〈マルスとヴィーナス>(図1Jは,フ。ツサンの初期神話画のひとつで,マルスとヴィーナスの密会の場面を描いたものである。画面左寄りの木陰に,見つめ合って座るマルスとヴィーナスが描かれている。その2人をプット(アモル)(注10)達が円をなすように取り囲み,前景2人のプットは,臨から出したマルスの矢を研ぎ,他の3人もマルスの武具を手にしている。右手には春の景色が遠方まで広がり,その中景に,恋人たちの様子を窺う河の神と横たわるニンフの姿がある。前景中央の地面には藤色の布が広げられ,その左右では,2本の松明が,それぞれ赤と金の炎をあげて燃えている。一方の松明は,投げ出されたマルスの剣と交差している。その脇の水面に映し出されているのは,河の神に寄り添うニンフの姿である。画面左端には,頬杖をつくもうひとりのニンフの姿が見える。ホメロスの『オlデユッセイア』やオウイデイウスの『変身物語j(注11)では,マルスとヴィーナスの物語の山場はウルカヌスによる不義告発の場面にあり,2人の密会についての詳しい描写はない。しかし絵画では,マルスとヴィーナスの逢瀬は,ボッティチェリの《マルスとヴィーナス>(1483年頃,ロンドンナショナルギャラリー)を晴矢として多くの作品に描かれ,16世紀にも屡々取り上げられた。プッサンが学んだ147
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