ハU3場面を描いている(注23)。一方,同じく『紙の博物館』に見られるローマのヴァチカン富所蔵の石棺は〔図6J,左側に瀕死のアドニスをヴィーナスが抱擁する場面,右側に猪に襲われるアドニスを配L,全体を2場面で構成している(注24)。プッサンの作品の着想源と思われるのはこのヴァチカン宮所蔵の石棺の左側の場面である。この表現は,古代浮彫における恋人達の表現のプロトタイプとも言えるものであり2人の男女がカーテンを背景に座って見つめ合い,女性が男性に腕を差し伸べている点に共通した特徴がある。〔図8Jのアドニス古代石棺は(注25),16世紀初頭から知られていたもので,プロトタイプの特徴に加えて,ヴィーナスの足の位置,左足を若干上げ,左腕を伸ばしたアドニスの姿勢,そして2人の周りに侍すプット達に,プッサンの作品〔図7]との強い類似を見て取ることができる。さらに,こうした形の上の類似とは別に,その両義的な表現も,プッサンの作品に通じるものがある。この石棺〔図8Jやヴァチカン富所蔵の石棺〔図6Jのように2場面構成の浮彫では,この瀕死のアドニスの場面が,狩への出発の場面をも想起させる特徴を持っている。それは,この場面が,3場面構成の場合には出発の場面が置かれる左側に置かれていること恋人達の抱擁のポーズがオウイデイウスに描かれたアドニス出発の場面を連想させることに起因している。そのため,アドニスの瀕死の様子はず、っと控え目に表現され,傷を手当てするプットの仕草が,辛うじて物語の結末であることを示しているに過ぎない。両義性ゆえに生じた物語の展開に関する表現の暖味さは,先にルーペンスとの比較で検討したプッサンの作品の全体的雰囲気と共通している。プッサンの作品の,マルスとヴィーナス以外の構成要素についても,古代作品に着想源を求めることができる。恋人達をリズミカルに取り囲み,マルスの武具を持つプット達は〔図7],ルネサンス以降の作品にも見られたが〔図2,3 J,古代の作品にも数多くの例が知られている(注26)。特に画面左手前で矢を研ぐプット達については,当時ファルネーゼ家が所有していた古代カメオの,大工仕事をするプット達〔図9 Jとの類似を指摘できょう(注27)。ローマに来た当初,プッサンは,ルドヴイシ家所蔵のテイツイアーノの〈ヴィーナスへの奉献>(1516~ 18年,プラド美術館)から,プットの表現を学んだことをベッローリらが伝えているが,残された素描を見ると,プッサンは古代遺物からもプットの表現を学んでいたことが確認できる(注28)。画面右のj可の神とニンフは〔図1J ,既にカニンガムが〈マルスとレアシルウイア>c図10J
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