とは事実であるが,果たしてこの素描が元来〈芸術本〉に収められていたものであったのか,例えそうだとしても,ファウントラー自身がこの素描を切り取ったかどうかについての確たる証拠は何も見つかっていない(注6)。この素描の来歴について分ることは現状ではここまでである。表わされた図像は〔図2J,穏やかに広がる風景に天から洪水のごとく大水が鮮やかな青で大量に降り注ぐ様子である。なだらかな正陵地帯に木々がわずかに見え,町と思しき建造物も霊気楼のようにぼんやりと画面中央に認められるものの,すでに地表に到達した大水が侵食して町を飲み込んでいる。画面中央を占める積層状の大水は,地表に激しく衝突したために水しぶきを上げ,放射状に飛び散る様子が細い筆の線描で繊細に表わされている。次々と降り注く\しかしまだ地表に到達していない水は,濃淡で遠近が微妙に表現されているものの,まるでガラス窓をったい落ちる結露のようにゆるゆると滴り降るかのようだ。本素描はデューラーが見た豪雨の悪夢を描きとめたものと知られている。その根拠は,スケッチ下部に記されたデューラー自筆と思しき文章のこの悪夢の記述にある。そして珍しいことに紙の下半分は白紙のまま残された。当時は紙が貴重であったため,その余白部分にはまた何かを書き留めようとしたのだろう。あるいはこの夢が現実となった時に,その悲劇を記述するつもりだったのかも知れない。大量の水が空から落ちてくるこのような幻を見た。最初の一陣は,私から4マイルほど離れたところで,このように残酷に,爆音とともに落ちて飛び散り,その土地全体を沈めてしまった。私はあまりの衝撃を受けたため,もう一陣の水が落ちる前に目が覚めた。そして続く土砂降りは本当に凄まじく,いくつかのものは遠くに,またいくつかのものは近くに落ちた。それらはかなりの高みから同じ速度でゆっくりと落ちてきた。しかし,突然に大地を打った一番最初の大水は,すごい速さで,風と爆音を伴うものであった。それゆえ私は自分の震える身体を目覚めさせたものの,長く回復することができずにいた。朝,日が覚めた時,私が見たものをここの上に描きとめた。どうぞ神様がすべてを一番良いように仕向けて下さいますように。この素描のコピーが1点,パンベルク国立図書館に存在する〔図3J。このコピーの11525年の聖母降臨祭の祝日後の水曜日と木曜日の聞の真夜中に寝ている時,私は,アルブレヒト・デューラーJ(注7)207
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