鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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ハU不安が生じ,最後には大洪水になるという恐怖が予言された。なかでも興味深いのは,皇帝,騎士,教皇には惑星を表わす占星術の印が添えられ,1521年に茸星が出現したときの「星位」を擬人化していることである。やはり,星位が政治的な混乱を巻き起こしていたことを灰めかしている。アピ・ヴアールブルクは,こうした印刷物を媒介にして飛び交う,センセーショナルで国際的に理解可能なイメージ表象を「標語的イメージjと名付けた(注14)。テ'ユーラーは,こうした強いイメージが文字通り飛び交う時代に活動していたのである。数多い洪水の予言のうち,もっとも有名な小冊子は,レオンハルト・ラインマンによる1523年の『農事暦』の扉絵であろう〔図6J。カリオンよりもショッキングな図がここで示しているのは,魚、座の位置がもたらす大洪水と農民蜂起前夜を思わせる政治的状況である。星が出会う現象が,世俗世界で農民たちと支配層との衝突を導く。右側には皇帝と教皇,聖職者たちが,左側にはサトゥルヌスに導かれた農民が敵意を剥き出して表わされている。丘の上には太鼓を叩く男と笛を吹く男が集い,その後方には不運を暗示する茸星が流れる。そして魚座の腹から落ちる大水は,まさにデューラーの悪夢を訪併とさせるものだ(注15)。しかしハルトラウプは1940年の論文の中で,デューラーのこの素描が当時ドイツで噂されていた洪水の予言と関係するというのは誤りであると断じた。なぜならば,この予言は1524年に生じる惑星の会合と関係しているのであり,デユーラーの夢はその一年後の1525年であったからすでに無効で、あったという。むしろ,かの「十字架の雨」の夢や木版画〈黙示録〉などに注目すべきであるとハルトラウプは主張する(注16)。この主張は,なるほど納得のいくものにとれるが,果たして一年前に生じなかった大洪水の予言がもはや効力を失い,一年後のデユーラーの夢に現れることがないとは精神分析医であっても断言できないのではないだろうか。夢と予言という関連で,もうひとつ重要な記録がある。それは,ピルクハイマーが1522年2月26日にウルリヒ・ヴァルンビューラー宛ての手紙の草稿で,デューラーが語った夢についての記述である。また興味深いことに,ピルクハイマーは自分が翻訳したルキアヌスの書『船あるいは願望』の序にこの手紙を改訂して収録している。「親愛なるウルリヒ。とるにたらないルキアヌスの愉快な話のように,我々の友人アルブレヒト・デューラーが自分の夢の話を最近我々に語ったことを覚えているかい?それは,我々が私の家の窓辺に立って,通りの軍隊パレードを見ていた時のことだ。

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