屈曲する,強い線が特徴的である。その一方で一見粗放に見えながら,実は線そのものに豊かな表情があることに気付く。例えば衣に刻まれた簸,柔らかな質感の髭,リズミカルな笹等,いずれも表情の深さを画面に与えている〔図1]。迫力ある線描に目を奪われがちであるが,敬輔画を支える要素はけっしてそれだけではなく,多彩な線描が溶け合うことで生まれる層の厚さのようなものが,作品の質を支えていることに気付くのである。日野・信楽院の本堂に描かれた天井画「雲龍・八大龍王・章駄天・飛天図J[図2J (リスト14)も敬輔画の代表作として紹介され(注8),同寺本堂仏壇背面壁貼付に描かれた「釈迦迦葉阿難図J[図3J (リスト6)とともに,敬輔の大画面制作の特質を示す。大きな画面の性質を活かして,うねるような力強い線描を基本としながら,表情豊かな動きのある描写によって細部を描くことで,深みある構築的な絵画世界を出現させるのである。疑問作には,大画面に表れるような大胆な線描の特徴が,ことさら強調されて取り入れられる例があり,注意を要する。鋭角的な強い線が誇張されることで,より整理された,いかにも敬輔らしい画面を示すのである。強い線描表現は確かに敬輔画の大きな特徴であるが,真筆はそれだけではなく,細部への配慮を併せもち,線描そのものが豊かな表情をもっ。エキセントリックな線が強調されるだけの平板な作例は,いまいちど検討を要するものとみなしたい。高野山・清浄心院には,一間二面にわたり群仙を描いた襖絵が伝来する(リスト9)。奥から流れ落ちる水流を中心に六名の仙人が配され,水流,樹木,岩,仙人たちと,多くの要素をあっかいながらも,画面は弛緩することなく構成は引き締まっている。線描は濃淡・硬軟の違いが複雑に組み合わされており,安易に線が流れない刻み付けるような人物の描写は,敬輔の道釈人物画の基準的表現を示す〔図4J。これらの作例から,敬輔は大画面の群像表現を得意としていたことが理解されるだろう。大画面に対したとき,敬輔は構成力,表現力においてスケールの大きさを示す。それは目を奪われがちな迫力ある線描表現だけに頼られたものではなく,多くの要素を統御する構成力,多彩な線描を駆使して自在にあやつることのできる表現力,双方の水準の高さに支えられたものだといえる。つぎに大画面以外に対したときの,敬輔画の細やかな表現にも着目しておきたい。例えば個人蔵「山水人物禽獣図扉風J[図5J (リスト4)は六曲一双の押絵貼の画300
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