十301-面に,道釈人物,山水,亀,鶴,猿猿,雀,鮎,梅をそれぞれ描いた作例である。画題が多様なため,敬輔画のさまざまな側面が示されるが,全体の基調を成すのは敬輔の繊細な表現である。左隻第二扇には蝦墓仙人と鉄拐仙人が描かれる〔図6J。本図は先の清海心院襖絵の蝦萎・鉄拐仙人を描く部分と同構図をとるが,人物の線描は大画面に見られたような屈曲ゃうねりが押えられ,落ち着いたものとなっている。本構図は敬輔が蝦暮仙人と鉄拐仙人とを併せて描くときの定型のひとつである。左隻第一扇は,手を伸ばして水面に映る月を取ろうとする「猿張捉月」を描く〔図7J。一匹の白猿と二匹の黒猿はそれぞれ繊細に,特に黒猿は毛筋の柔らかさまでが微妙に表される。下方の猿へと向ける三匹の視線の方向にもずれがない。円形に量された膝頭,膝に置かれた手,背後から覗き込む白猿が前の黒猿に体重をあずける様子まで,理に適った表現がなされ,壊の形態は破綻なく捉えられている。敬輔画の根底には,当然ながら対象に対するきちんとした形態把握があることを,忘れるわけにはゆかない。左隻第四扇の鮎図〔図8Jは,敬輔の得意とする画題であったことが画伝類に言及されるもので,本図に見る鮎も評判の高さを裏付けるかのように精彩がある。鮎の群は,滑らかな質感が水越しに浮かび上がるように淡墨の階調によって表されている。細部に目を向けると,ぎざぎざした小さな歯にまで神経がゆきとどいていて,描写の手は緩められていない。本図より12年後に描かれた鮎図も伝来し(リスト18),晩年に至るまで,敬輔の得意レパートリーであったようだ。本扉風は落款から敬輔67歳(1740)の制作と判明し,同年と推測される作例に,先に紹介した信楽院本堂仏壇背面壁貼付に描かれた「釈迦迦葉阿難図Jがある(注9)。大画面の「釈迦迦葉阿難図」における線描と,小画面に描かれた本扉風の各々の図とは,同時期の制作であっても自ずから性質を異にし,本図のような小画面の線描表現は控えめで落ち着いたものとなっている。様々な画題を含む「山水人物禽獣図扉風」から,大画面以外を対象とするときの敬輔画の傾向を確認した。大胆で迫力ある線描表現は,敬輔画の特に大画面制作を中心に採られる一手法であり,小さな対象を描く場合には全体的に落ち着いた画風を示し,描写は細部まで手を緩めず繊細になされ,また対象に対する形態把握が常に正確に行われているさまを確認してきた。
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