5.彩色木彫と油彩画べられているように,パチェーコは『絵画論Jを意図的に教示する目的で書いている。パラゴーネの問題を扱うにあたり,パチェーコは少なくとも彼の知人である何人かの彫刻家たちから直接に意見を採り入れ具体的な議論を目指した。彼の主張に対する当時の彫刻家たちの反応は残されていない。しかし,絵画の優越性を主張する結論には異を唱えたとしても,彩色木彫を高く評価する彼の姿勢には多くの彫刻家たちが共感したと思われる。このような彩色木彫擁護の姿勢が現れた背景にはスペインにおける木彫技術が17世紀において高度に洗練され,また解剖学や建築に精通した学識ある彫刻家が出てきたこと,またアッツォリーニなどによるイタリアの彩色蝋彫刻が紹介されたことなどによって,自国の彩色木彫に対する評価の動きが高まってきたことが考えられる(注14)。ところで,パチェーコのパラゴー不を考察するとき,スペインにおけるこの問題が極めて複雑な様相を呈することに気づかされる。パチェーコを含む芸術家や理論家は,絵画と彫刻を制作者の側から認識し,学芸として区別している。それに対し,受容する信徒や聖職者の多くは,作品としての彩色木彫や絵画を美術と考えている。両者の聞に横たわる溝は大きいものである。受容する側から見れば,パチェーコのパラゴーネは彩色木彫を他のものと比較するのではなく,彩色木彫を彫刻と絵画に分離して論じているに過ぎないと思われたかもしれない。少なくともそのように論じる限り,聖像機能を巡る彩色木彫と絵画の問題は明白な決着を見ることは出来なかったと推測される。スペインにおいては例外的に彩色木彫を具体的にパラゴーネに取り入れたパチェーコも,この問題に関しては十分な解答を与えているとは言えない。むしろ彼はこの問題をわざと暖昧にしておいたとも考えられる。彼が絵画の長所を述べている箇所でも,それが油彩画や板絵のみを指すのか,それとも彫刻や浮彫の彩色も含めて述べているのか,明確に判別できないことが多い。この暖昧な姿勢は,平面に描かれる絵画の表現力によって彫刻に対抗しようと望んだ多くの画家たちの不満を生じさせたかもしれない。しかし彼らはパチェーコの記述の中に,いくつか油彩画に有利となる箇所を見いだしたと思われる。たとえば,r絵画論』の中であまり大きく取り扱われてはいないが,パチェーコが明らかに彩色木彫を
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