鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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⑮ 「近世染織史に於ける歌舞伎衣裳の分析と位置づけ」研究者:福島県立美術館主任学芸員佐治ゆかり歌舞伎は,江戸期の庶民文化を象徴する存在で,そこから生み出された模様や色・形は,しばしば同時代のモードをリードした。現在でこそ古典芸能として認識される歌舞伎だが,江戸期を通じて常に時代の趨勢とともに変化し,人々の欲求や美意識を端的にあらわすエネルギッシュな存在であった。そこには,江戸の庶民文化の華やか色濃雑さ,豊かさが凝縮されていて,江戸の美意識を具体的に探る上では,大変有効な研究対象である。興行として消耗品的性格の強い歌舞伎が,具体的な舞台やものを通して研究の対象になることは難しいが,筆者のこれまでの調査によれば,衣裳については,多くの資料が日本各地に残されていることがわかっている(注1)。そしてそれらが,従来の丈字資料や絵画資料と同じように多くの文化的情報を内包しており,遺品の限られている染織史において,また,ほとんと守途絶えてしまっている近世の地方の歌舞伎の姿をイメージさせる重要な存在であることもわかってきた。染織品としての衣裳を通して,デザイン,材質,技法,形態などの詳細が明らかになるにつれて,歌舞伎衣裳が地芝居や歌舞伎を成立させる重要な要素であることが実感できた。さらに,衣裳に付随する様々な記録や証言を通して,ものとしての衣裳の動きを把握することで,従来の文献資料中心の研究では見えなかった,人や物の具体的な動向,地方に於ける歌舞伎の受容や展開をより具体的に捉えることができるのではないかと考えるようになった(注2)。本研究では,日本各地に残されている歌舞伎衣裳を調査し,その資料的価値を考察するとともに,それら衣裳の近世染織史に於ける存在意義を考察しようとするものである。具体的には,山形県酒田市黒森歌舞伎が所蔵する衣裳,及ぴ兵庫県個人が所蔵する衣裳群を対象にして,その染織的特徴及び芸能衣裳としての有り方を分析し,それぞれの衣裳が帰属していた芸能や周辺社会との関係にまで考察を及ぼそうとするものである。1 .はじめに352

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