鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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7王(1) r歌舞伎の衣裳展j(展覧会図録福島県立美術館1995年開催)に際して全国各2.まとめ祭礼のためのモチーフや染織技術と,歌舞伎衣裳を構成するそれとが共通するということは,歌舞伎がその根底にもっている祝祭性を改めて強く意識させるとともに,衣裳が地方の技術者達によって個性豊かに制作されていた事実を教えてくれる。各地の衣裳を具体的に調査することで,衣裳が地芝居を成り立たせる重要な存在であることが改めて確認できた。芝居と衣裳との聞には,舞台上で芸能衣裳としての役割を果たすという比較的わかりやすい関係から,物とLての衣裳を巡って考え得る芝居と人,芝居と社会との関係など,様々な段階がある。それら一つ一つの関係の中に,実は芝居の木質に関わる重要な要素が含まれているのである。黒森歌舞伎の場合は,衣裳との関係から黒森歌舞伎の本質に関わるいくつかの間題を,導き出すことができた。衣裳の調達や維持管理のあり方からは,黒森歌舞伎の組織運営の特徴および衣裳に対する人々の認識がみえた。奉納や調達による衣裳の移動からは,黒森歌舞伎を支えていた地域や,社会の変化を捉えることができた。いずれも黒森歌舞伎の存立・実態の解明に繋がる重要な問題であった。また,兵庫県個人の貸衣裳群からは,具体的な衣裳のデザインや制作技術などを通して各地方ごとに独自のものが存在し得たことが可能性として浮かび上がってきた。そうした個性豊かな衣裳の視覚的印象が,歌舞伎の舞台,役柄のイメージ作りに与えたであろう影響の大きさを考えると,同じ『義経千本桜』であっても,全国にはまさに多様な『義経千本桜』が存在したであろうことが,白ずと納得できるのである。しかしこのたびの調査では,各衣裳群の衣裳そのものの物理的分析が行き届かなかった。古手の打ち掛けなどは染織品としての意匠の特徴や,材質の特定などから,制作年代や産地の割り出しなどが可能な衣裳もあるに違いない。今後は,こうした分析の視点も含めて,衣裳の資料的価値をさらに高めてゆきたいと考えている。地に遣されている歌舞伎衣裳について調査し,歌舞伎衣裳の染織的な側面からの再評価の必要性,また物理的な流通の実態調査などについての課題を確認した。(2) 佐治ゆかり「江戸モードの諸相一芝居衣裳流行噺Jr江戸モード大図鑑j(展覧会357

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