鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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記述は多くの点で混迷している。氏の使用した訳語の中で疑問が提起されるのが「ガリポットgallipotJであり,この語は本稿の該当期間のみに限っても11ヶ所も使用されている。「ガリポット」という語を「薬瓶」と考えるむきは現在海外およびわが国の肥前磁器研究者の間で流布している共通の認識であるがこれはフォルカー氏の著作以降であると考えられる。英国の陶磁研究者ソーム・ジェニンス氏の著わした“JapanesePorcelain" (1965年)では,フォルカー氏の著作を引用文献として活用しており,[図1]の製品を薬局用の瓶Apothecary's bottleとして図版をあげ紹介し,本文中において,これらの製品を日本磁器の輸出初期に登場する「ガリポットjとして解説している(注4)。一方,1976年には西国宏子氏が,フォルカー氏がガリポットと読んだ部分の原典をあたり,その部分が「小瓶」であると指摘し,この語に疑問を抱いておられる(注5)。また,2000年にはエスパー・ヘレン氏は,イギリス東洋陶磁学会の会報で発表した“What is a Gallipot ? "という論考の中で,1653年に輸出された「カリポット」はアルパレロ形のようなものであったろうという見解を示しているが,そこで原典の記述内容に議論が及ぶことはなかった(注6)。また,今日,広く使われているAnIllustrated Dictionaη01 Ceramicsによれば,基本的に「円筒形で軟膏やジャムや保存食,砂糖漬けのようなもののための独特の小さな容器jと記述されており,瓶の器形はあげられていない(注7)。フォルカー氏の著作における「ガリポット」には2つの問題点が指摘される。第一に,原典であるオランダ東インド会社文書にみられる医療製品の中にみられるさまざまな語を「ガリポットJとしたこと〔表l参照J,そして第二に,医療製品の説明部分の図版に〔図2Jの製品のみを挙げてしまっていることである(注8)。医療製品の図版解説に〔図2Jのような瓶のみをとり挙げている理由は,フォルカ一氏が研究を発表した1954年当時では医療製品らしい肥前磁器としてそれらの瓶しか知られていなかったからであろう。肥前磁器の中で,薬壷(いわゆる円筒形の製品)のものが知られるようになったのは1969年の有田町猿川古窯跡の発掘調査以降であると推測される(注9)。以下では,肥前磁器の輸出初期から登場し,パタヴィアや台湾の会社の病院や薬局にむけて輸出された医療製品の記述にみられる「薬査」については,[図3Jのような円筒形の製品が該当するものと考え論じていく(注10)。今回は薬壷のみをとり-372-

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