鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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(注15)向けの瓶の見本となる様々な原型6個が,パタヴイアより長崎へ輸送された(Factura, NFJ 815)。同年11月には,小瓶と小壷cleijnef1eskens, en potjens 1,200個,3個l組の軟膏・保存用の壷zalffen cons巴rffpotten, dri巴derhand巴sort巴ringh1, 000個の合計2,200個が,長崎よりタイワン経由パタヴィア行きのヴイツテ・ファルク号に積載された。同54年10月には,パタヴイアの外科治療所向けに,軟膏用・保存用の査salffen conserff potten 305個,様々な種類の小さな瓶や歪cl巴ijnef1巴skensend巴potj巴ns1,640 個,および,本年カルフ号でパタヴイアから取り寄せた見本(注目)に従って作らせた3個一組の小瓶cleijnef1eskens van dri巴d巴rhand巴sorteringe1, 800個の合計3,745個が同様に長崎より(以下同様)タイワン経由パタヴィア行きブレダ号に,同様にパタヴイアの外科治療所向けとして,軟膏用・保存用の壷513個がタイワン経由パタヴイア行きカルフ号に積載された。同55年10月には,タイワン向けに3種類の軟膏用および保存用の小壷salfend巴conserfPotj巴ns1,509個,さらに小さい磁器の瓶cleijnePorceleijne fleskens 1,700個が,タイワン行きアンジェリクス号に船積みされた。1656年10月には,タイワンの外科治療所向け683個(粗製),230個(やや小型),1,090個(さらに小型)の磁器製軟膏用・保存用の査ならびに小瓶,合計2,003個がタイワン行きコーニンク・ダヴイツト号に,同年11月には外科治療所向けに磁器の壷Porc巴l巴討n巴potten2, 136 個がパタヴイア行きアーフォントソラル号に積載された。同57年10月にはパタヴイアの外科治療所向けに,普通の壷ordinarijpott四1,720個,小型の査1,320個,合計3,040個の薬用・軟宮用壷medicamenten zalfpott巴nが,タイワン経由パタヴイア行きドムブルフ号に,同58年10月には,パタヴィアの外科治療所向けに,薬査と小瓶medicamentpotten en flesjens,合計4,印刷固がパタヴイアに向うトロウ号に積載された。同59年は10月に,タイワン向けに油瓶01りfl巴skens182個,様々な容量の軟膏査326個,合計508個が長崎よりタイワンに向うブレウケレン号に,さらに11月,パタヴィアの外科治療所向けに5種の見本に倣って製作された軟膏査2,121個,同様に見本に基いて作らせた白磁の瓶1,150個が,長崎で、パタヴィア行きヒルフェルスム号に積載された。同60年10月は,パタヴィアの外科治療所向けに3種類の壷potten1, 608個,瓶f1esk巴ns1,790個,ひげ皿scheerb巴ckens31個(注17),合計3,429個が,パタヴイア行きフェーネンブルフ号に積載された。同61年11月,パタヴィアの外科治療所向けに6種類の軟膏査および瓶合計4,394個が長崎発パタヴイア行きフォレンホーフェ号に積載され,12月19日にパタヴィアへ入港した(注18)。同62年11月,オランダ向けに白磁のひげ皿79個,赤絵-374-

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