話とも響き合い,視覚的な韻を踏んでいる。反映のイメージはラウシェンパーグが経歴の最初期からこだわってきたモティーフだが,<無題〉において,飛行というモティーフが新たに彼の視覚的レパートリーに加わったと考えられる。以上分析したように,コンパインにおいては様々な視覚的・物質的情報が並置され,文字通り「コンパイン」されるところに基本的な様式的特徴がある。かつてレオ・スタインパーグはこうしたコンパインの作品空間を「フラットベッドの絵画面J,つまり,異質な情報を等価のものとして取り込む水平な「場」として理論化し,ルネサンス以後の西洋絵画の垂直性からこの水平性への心理軸の移行にポストモダニズム絵画の萌芽を見て取った(注4)。この議論は後続の主なラウシェンパーグ研究者達に大きな影響を与え,彼らはコンパイン中に無秩序に取り込まれた情報群に一貫した物語性を読むことはできない点を強調してきた(注5)。実際,これまで観察してきたような〈無題〉におけるギリシャ神話的な要素は,あくまで断片的な,可能性としてのナラテイヴである。確かに白いスーツ姿の男性は鏡と並置されることでナルキツソスとして読むことが出来るようになるが,ナルキッソス神話そのものがこの作品の主題なわけではない。むしろ反映,自己愛,美など,作品内の他の関連主題とそのイメージを指し示す記号としての役割を果たすことで,その読みは流動的で不安定なものとなる。さらに,各要素がお互いを参照し合うというコンパインの論理は,一つの作品内部において完結するものではない。というのは,作品群の中でも一定のモティーフが繰り返し用いられ,コンパインは全体として形式的,主題的に連鎖し合うネットワークを形成するからだ。この聞かれた相互参照のシステムがコンパインシリーズにおける様式的論理の最大の特徴であろう。この並置と反復による相互参照のシステムは,時間性を作品の中に取り込むものである。各イメージを組み合わせ,そこに断片的な物語性を読み込み,また作品内外の関連し合う要素を結びつけていくという作業は,観者が積極的に作品と関わり,一定の時間を費やしてこそ可能になる。神話的ナラテイヴが継起的な時聞を軸に展開していくように,コンパイン作品を「読む」ことは継続的時間の中でしか成立しない試みなのである。物語性と時間性とは,瞬時に知覚しうる視覚的統一体を志向するモダニズム絵画の理論からは排斥されがちだった要素である。ラウシェンパーグにとって,ギリシャ神話はこの二つの要素を再び芸術制作の現場に取り戻すための装置であり,コンパインにおける相互参照のシステムはモダニズム絵画の理論へのラデイカルな挑-32-
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