鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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⑧ 初期ネーデルラント絵画に描かれた「穴Jについて一一〈ブラデリン祭壇画〉に見る画家と寄進者の意図研究者:日本学術振興会特別研究員木川弘美これまで筆者は,ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作〈ブラデリン祭壇画}(ベルリン国立絵画館,[図1,2 J)の中央パネルに描かれた,二つの「穴」について考察を進めてきた(注1)。二つの「穴jのうち,格子の付いた左側の「穴Jは,これまで言及されてきたように,1降誕の洞窟jを示すと考えられるが,右側の二つ日の「穴」は,Iマギの礼拝」を表すモティーフである,iベツレヘムの井戸」として描き込まれたと判断した。つまり,本来中央パネルが,画像プログラム上は「マギの礼拝Jとすべき所を,I降誕Jに置き換えたため,降誕の洞窟を表す「穴jの他に,もう一つ「マギの礼拝jを示す「穴」を描き込んだのである。本研究は,中央パネルの主題が変更された理由を中心に,考察を進めるものである。ここで簡単に,主題変更が行われたと考えられる理由を述べておきたい。〈ブラデリン祭壇画〉の中央パネルに描かれているのは,Iキリスト降誕」である。キリスト誕生は,通常「降誕JI羊飼いの礼拝JIマギの礼拝」の三種類の図像として描かれる。キリストの生涯が連作で描かれる場合や,多翼祭壇画の場合,複数の主題を同時に描くことは少なくない。このような場合,主要部分に当たる中央パネルには,Iマギの礼拝Jが描かれることが多い(注2)。〈ブラデリン祭壇画〉では,複数の誕生図像が描かれているわけではない。左右両翼パネルが,キリストの誕生を東西両世界に告知する(注3)ものであるため,中央パネルが「降誕jであることは,何の問題もない。一方で,左翼の「テイブルの亙女の託宣Jは同時に「マギの礼拝」の予型であり(注4),右翼はマギを描いたものである。さらに,この当時広く普及していた『人間の救済の鑑』には,Iティプルの亙女の託宣」「マギの礼拝JIマギへのお告げjの順番で,主題が登場する(注5)。そのため〈ブラデリン祭壇画〉においては,中央パネルの主題には,I降誕」よりも「マギの礼拝」が適していると言える。ところが,この作品の注文主であるビーテル・ブラデリンは,あえて「降誕jを中央パネルの主題にし,ロヒールは,画像プログラムの統一性を持たせるために,Iマギの礼拝」を表す「ベツレヘムの井戸jを表現した。この理由として,どのようなこと-405-

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