鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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楼のイメージを指し示している。まさしく人間の高所への欲望を具現化したものである摩天楼のイメージと羽が組み合わされることで,この作品は太陽に近づきすぎて墜落したイカロスの神話を強く喚起する。世界最強のアメリカ経済の象徴でもある摩天楼がイカロスの墜落という悲劇的ナラテイヴと並置される様はいかにも示唆的だ。また,(キャニオン>[図7)においては,カンヴァスに取り付けられた鷹の剥製は左横の幼児の写真と並置されることで,美少年ガニュメデスに魅入られて鷹の姿となって彼を天界へ連れ去ったゼウスの化身として読むことができる。しかし自由の女神のイメージが少年の写真の横に配されていることを考慮すれば,鷹はアメリカ合衆国という国家のシンボルとしても機能していることが分かる。同様に,鷹の右上に貼り付けられた宇宙のイメージもまた,ガニュメデスが誘われてゆく天界としてのみならず,当時アメリカが国威を賭けて開拓しようとしていた宇宙という新たなフロンテイアとして,二重に理解することができる。こうして,一見無秩序なコンパインも並置と反復の論理を読み解くことで高度に社会政治的な意味合いを見いだすことができるようになるのだ。しかしながら,こうしたギリシャ神話的含意とアメリカ神話的合意の並置からラウシェンパーグの対ヨーロッパ意識及び政治意識が具体的にはどのようなものであったのかを見極めるのは困難だ。例えば,鷹を国家の,そしてギリシャ彫刻の頭像を芸術の象徴として取り入れた作品に1960年のケネディとニクソンによって争われた大統領選挙を題材にした転写によるドローイング,(選挙H図8Jがある。ラウシェンパーグがこの作品をケネデイに寄贈する際に書いた手紙を引用しよう。「親愛なる大統領閣下,このドローイング、は貴方か私が持っているべきものです。もしお気に召しましたら,受け取って下さると大変名誉に思います。選挙,とりわけ貴方が私たちの次の大統領になるということへの私の関心が,ダンテの『地獄篇』に挿絵を施すという私の2年半越しのプロジ、ェクトを中断させました。その事実と貴方の勝利を私自身の表現媒体でお祝いするということが主題です(以下略)J (注10)。確かに1958年からラウシェンパーグはダンテの『地獄篇.134篇の各篇につき1枚ずつ転写によるドローイングを制作するという大仕事に取り組んでいた。このシリーズにおいても地獄篇のナラテイヴはアメリカの大衆雑誌から取られたイメージで表現され,中世ヨーロッパを代表する文学は視覚的にはアメリカの戦後大衆文化の叙事詩へと変容を被っている(注11)。ドローイングの中にはケネデイとニクソンの姿や,アメ34 -

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