リカの国会議事堂の写真が転写されているものもあり,ラウシェンパーグの時事的関心が確認できる。〈選挙〉においても,ギリシャ彫刻によってヨーロッパで発展してきた「美術Jを表し,それをジョージ・ワシントンというアメリカ建国の父の姿に託された「政治jと並置させるというラウシェンパーグの手法に変わりはなく,赤,白,青という星条旗の色が大統領の色と同一視されているのも興味深い。だが,このギリシャ彫刻のイメージ自体がアメリカの大衆文化を媒介としたものであるし,手紙に表明されている彼の政治意識も額面通り受け取るには素朴に過ぎるように思われる。実際にはケネデイの姿は上下逆さまに転写されており不明瞭に写し取られたイメージ群からは祝祭的な雰囲気というよりは『地獄篇』のためのドローイングにおける暖昧で不安に満ちた混沌との親和性が感じ取られるのだ。もう一度〈無題〉に立ち返ろう。件の『ライフ』記事は,第二次世界大戦後の安全保障が時に高くつくことを伝えている〔図3J。記事冒頭にはI(犠牲者がでたのは辛いことだが)それが我々の志願したことだjという軍曹の言葉とともに亡くなった5人の写真が黒人兵を中心に掲載され,彼らの左腕にはアメリカ合衆国の象徴である鷹のワッペンが縫いつけられている。この誌面をバルト風に「国家の名の・下における人種的平等J,という神話に貢献するイメージとして読むこともできるだろう(注12)。このことからもラウシェンパーグの視覚的記憶において鷹のモティーフが様々なレヴェルで意味連鎖していたことが想像できる。飛行の挫折という〈無題〉におけるイカロス的モティーフは〈灰色の羽のある絵画〉と直結する一方,意味作用の網の目の中で〈キャニオン〉や1961年の〈青い鷹〉など,鷹のイメージを扱う他のコンパイン作品とも繋がってゆく。さらに合衆国の象徴としての鷹は横転した自由の女神や断片化した星条旗など,(無題〉における棲小化されたアメリカのイコンとも結びつき,イカロス神話とともに,パクス・アメリカーナという神話と,恐らくはその危うさを暗示する小道具となるのだ。〈無題〉におけるナルキッソス神話もこの文脈で新たな意義を帯びる。パクス・アメリカーナは国内外の実際の問題に目をつぶりがちなアメリカの自己愛に支えられた神話でもあるからだ。さらに,(無題〉には現代のアメリカが持つもう一つの「神話」への言及も存在する。「家族」というイデオロギー装置である。〈無題〉が一般にコンパイン中最も自伝的な作品であると評されるのはそこにラウシェンパーグの家族やアメリカ南部への言及が多数見られるためだが,実際,正面のコラージュ部分は主に白黒写真や印刷物から-35-
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