鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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)-( ⑮ 紫式部日記絵巻における「っくり絵」の変容研究者:武蔵野美術大学非常勤講師細井異子「源氏物語jの作者,紫式部は一条天皇の中宮彰子に仕え,彰子をめぐる宮廷の日常と自らの感慨を「紫式部日記」としてまとめた。13世紀前半の制作とされる「紫式部日記絵巻J(注1)は,消息文を除くこの日記のほぼ全文を絵画化しており,鎌倉時代における濃彩っくり絵技法の物語絵巻の代表的な作例である。13世紀前半は後堀川院を中心として宮廷文化復興の機運が高まった時期であり,平安文化への憧僚から数々の物語絵巻が制作された。「紫式部日記絵巻」もまた主題の選定や濃彩っくり絵技法への執着など,平安時代以来の物語絵の伝統継承を意識した制作姿勢がうかがえる。と同時に登場人物の身振りの大きさや,人物によっては上験と下験を描きわける変則的な引目鈎鼻技法,画中に占める屋外空間の広さや機知的な画面構成など,前代にはみられない新しい傾向が認められることも,既に多くの先達によって指摘されてきた。伝統継承に執着する制作姿勢とは相反するようなこれらの新傾向の混在については,この絵巻が,日記というノンフィクション文学をテキストにもつことが呼びこんだ現象とする指摘があり(注2),総じて鎌倉時代の新しい美意識の表れと解釈されてきた。以上の指摘をふまえ「紫式部日記絵巻」がみせる「新しい傾向」について,I絵の物語る機能J(注3)に注目しつつ考えてみたい。そして鎌倉時代における「女絵」の枠組みの変化と,その結果としての物語絵の質的変容の一端を明らかにしたい。美な造型感覚との結合により,極めて完成度の高い叙情的な絵画世界を構築することに成功している。比較対象となる現存遺品が少ないことを考慮しでもなお,この絵巻は「女絵系」と称されるっくり絵物語絵巻の優れた典型といえよう。13世紀前半の宮廷におこった王朝文化憧僚の気運のなかで積極的に物語絵巻が制作される際にも,古代の物語絵巻が到達した理想形として,この「源氏物語絵巻jのような作品が念頭に置かれたことは想像に難くない。にもかかわらず「紫式部日記絵巻Jや「久保惣本伊勢物語絵巻J(和泉市久保惣記念美術館蔵)といった鎌倉時代のっくり絵絵巻には,情趣の表現の追求とは異なる新しい要素への志向が指摘されることは既述の通りであ12世紀半ばの制作とされる「源氏物語絵巻」は恋愛物語というテキストの性質と優438-

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