る。大胆で幾何学的な空間構成が特徴的とされる「紫式部日記絵巻」であるが，画面を図形的に分割する志向は吹抜屋台の構造がもっ本来的な性質といえよう。この志向は「源氏物語絵巻」の「竹河第二段」や「宿木第三段」においても既にその萌芽が認められる。「紫式部日記絵巻」や[久保惣本伊勢物語絵巻」では，等軸側投影法的な構図(注4)を駆使することで幾何学的で意匠化された画面空間が描きだされている。ところで「場」としての画面空間を図形的に意匠化することは，物語絵における「絵の物語る機能」にどのような意味をもつのだろうか。まずは，物語絵巻の画面における空間構成と情趣性の表現との関わりについて考察してゆきたい。(2) ここで「源氏物語絵巻」について考えてみよう。この絵巻の現存部分は大別して4つのグループに手分けされるが(注5)，なかでも「柏木グループjと呼ばれる一群の作品は，画中人物の心理を強調した叙情性の強い画風で知られている(注6)。このグループの絵に共通する傾向に人物が背景とのバランスを無視して不自然に大きく描かれるということがある。その顕著な例としては「柏木第一段J(図1]中の立て廻された凡帳の小ささや，I鈴虫第二段J(図2Jや「御法J(図3Jの，背景に比して大きな人物が急傾斜の床面に配置される構図，また「御法」中で画中の三人のうち源氏が特に大きく描かれ明石中宮の小ささとの極端な対照をみせることなどがあげられよう。こうした人物と背景の不自然なバランスは「心的遠近法J(注7)とも称されて「源氏物語絵巻」における「情趣の絵画化」とともに語られてきた。が，この不自然さをあくまで空間構成の歪みとして捉えた場合，そこには一つの共通性，すなわち人物が主体となって空間を支えるという原則が見出せる。換言すれば群像表現が三次元空間を仮構しているのである。「柏木第一段」では画面全体が床面という空間構成の中で，まず源氏と女三の宮と朱雀院を結んで作り出される三角形の空間が，画面に虚構の三次元を現出させる。周囲に描かれる三人の女房はその三角形の空間と周囲の空間を結ぶポイントとして機能し，ポイントと結び付けられた三角形は多角形となってさらに虚構の空間を拡大する。周囲の九帳は各人の感情の交錯と混乱を演出しながら各々の位置関係を明確にする-439-
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