(3) 群像表現が画中空間を支えるがゆえに画中空聞が群像の象徴するところの心理ドラマを表現する,このような画面においては吹抜屋台は空間を仮構する枠組みではない。「場jのリアリティを支えるのは人物の位置のずれ,つまり群像表現であり,吹抜屋台は九帳や扉風同様に「場」が室内であることを示す一種の記号である。が,こうした群像表現によって画面に三次元空間を仮構しようとする意識,換言すれば心理表現を主題とする画面構成の意識は柏木グループ以外の「源氏物語絵巻jには希薄といえよう。例えば「竹河第一段」で薫の周囲の空間に虚構の三次元性を与えるのは,廊下や欄干などの吹抜屋台の構造である。柏木グループによる「横笛」や「鈴虫第一段jにおいても,人物が比較的小さく描かれると同時に周囲の空間が広がり,結果として梁の交差部など建築の骨組みが呈示されている。そこでは吹抜屋台が空間を仮構する枠組みとして機能しているのである。次に「源氏物語絵巻」以降の作品をみてみよう。12世紀後半の制作とされる「葉月物語絵巻J(徳川美術館蔵)では吹抜屋台が三次元の枠組みを示した上で,IL帳や畳が床面を作りだし三次元空間を仮構している。第五段に描かれた地面へと下りる階段や濡れ縁の支柱といったモチーフは室内と室外を有機的に結びつける役割を果たす。ここでは吹抜屋台が室内の枠組みを示すことで戸外の空間のリアリティをも支えており,それゆえ画面左端の前栽は画中空間に「実在jするモチーフとして読み解くことができょう。このように群像表現ではなく吹抜屋台が空間を仮構する枠組みとして機能し,それにともなって人物と背景のバランスが自然に近づいてゆく画面のなかで,表現の主題は心理ドラマからストーリー展開の説明へと比重を移してゆく。そこでは人物は虚構の三次元空間を支えるというよりは,テキストとの対応関係を読み解くための標識としての意味を強めてゆくのである。やはり12世紀後半の制作とされる「寝覚物語絵巻J(大和文華館蔵)では,空間を意匠化する傾向が顕著である(注10)。強い怖蹴視によって描かれる吹抜屋台は幾何学的な図形と化しており「場」を仮構する枠組みとしての機能を放棄している。直線的な吹抜屋台とは対照的に曲線的に描かれる樹木は,霞とともに夢幻的な戸外空間を作りだす。画面の主役は景物であり,人物はテキストとの対応関係を示すべく画面の片隅に小さく暗示的に描かれている。こうした空間の意匠化とそれにともなう心理表現へ441
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