鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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そこでは幾何学的な吹抜屋台構図を多用する~}f,人物は霞や土坂と同様のデフォルの関心の低下は「葉月物語絵巻」においても既に内在する傾向であるが(注11),13世紀末の制作とされる「久保惣本伊勢物語絵巻Jではこの傾向がさらに強まっている。メされた曲線的形態で描かれており,画中空間は直線と曲線の対照を意図して構築されている。この絵巻は詞書も含めて全体が判じ絵的な趣向に満ちており,ストーリー展開への興味や人物の心理の追体験というよりはむしろ工芸的な装飾性と細部を様々に読み解く楽しみが最重要視された作品といえよう。以上の考察から,物語絵巻においては空間構成が表現主題と複雑に絡み合っていることが明らかにされた。女絵に内在する歌絵的性質が志向する「情趣の絵画イUへの意識は,空間の意匠化や人物像のたたえる意味の希薄化にともなって後退してゆく。そのなかで人物像はテキストとの対応関係の標識となり画面は説明的な要素を強めてゆくのである。(4) あらためて「紫式部日記絵巻」について考えてみよう。吹抜屋台の斜線が大胆に交差する機知的な画面構成を特徴とする「紫式部日記絵巻jであるが,幾何学性への志向は強装束のシルエットにまで及び,人物もまた図形化の傾向が認められる。その一方で吹抜屋台が三次元空間を仮構する枠組みとして積極的に機能していることは注目すべきであろう。階段や勾欄の突端といった室内と室外の接点に人物を配置する構図〔図4.図5Jや,地面あるいは水面に人物を配置する構図によって,吹抜屋台と戸外空間とは互いに虚構の三次元を支えるべく補い合い,画中空間のリアリティを強めているのである。画面構成も機知的ではあるが,I久保惣本伊勢物語絵巻」にみられるような構図の図形的な面白さを強調するための過剰な演出は抑えられ,あくまでも合理性,整合性に配慮した画中空間が仮構されている。そこでは人物と室内調度品や背景とのバランスも白然なものに近づいているのである。ここで顔貌表現について考察したい。験の上下を描きわけで聞に瞳を点じることや人物によっては小鼻のふくらみを表す線や隆起した鼻をもっ横顔を描くなど,伝統的な引目鈎鼻表現からの逸脱が指摘される「紫式部日記絵巻」であるが〔図8・図9・図lOJその結果,人物の顔にある一瞬の表情が描きだされている。伝統的な引目鈎鼻表現は,類型化された形式(注12)とそれゆえの無表情さが逆に鑑賞者の感情移入を-442-

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