←529-鉛の椋描で,片足で立ちながらもしっかりと足を踏ん張った踊りのポーズを捉えており,時に戯画風ではあるものの,それはロダンが賞賛した花子の筋肉の強さに比例している。先に述べたカンボジアのダンサーのデッサンとは,踊りそのものが異なるために,採用した描法もまた作品の趣きも全く異なっている。しかし,連続する踊りの一瞬と,それを創り出す人間の肉体的本質がともにテーマであることは間違いない。一方,花子の頭部をモティーフに58ものヴアリアントが制作された彫刻作品は,その表情によって二つに大別される。一方は眉間に雛を寄せて空を脱んだ激烈な表情他方は放心したような平穏な表情である。これらは,ロダン美術館の分類によれば,表情のほか,大きさや材質によって7種類のタイプ(AからG)に分けられるが,その中には頭髪と耳を削除したタイプ(B)が存在する。ロダンが,完全な形態よりも強い表現力を保持できる断片の制作に熱心に取り組んでいたことは周知の事実である。ここでロダンは大胆な省略作業を行ない,さらに同時に外面にいくつかの丸い点を付け加えることで,簡略化された面貌を一層個性的なものにしている〔阿5J。全体的な省略化は,抽象化の方向へと歩を進めつつあるが,しかし同時にモデルの個性を失わずにその本質を凝縮して表現するという,いわば反対の作業がなされているのである。こうした作品の出現は,ロダンの長い制作歴において初めてであり,花子というオリエントの強烈なモデル=パフォーマーがそのきっかけを作ったと言えよう。しかし,花子においては顔貌のみの制作であったが,ニジンスキーというロシアのダンサーを得て,ロダンの試みはさらに一歩を進めることになる。ロダンとバレエ・リュスおよびニジンスキーとの避遁,バレエ・リュスの「東方性J,{ニジンスキー〉作品の制作の経緯についてはやはり他所で報告したため,ここでは割愛する(注19)。ニジンスキーをモデルとして制作された全身像の特徴は,大胆なデフォルメを施されているものの,モデルを訪併とさせる顔や身体の肉体的特質のほかに,何と言っても,顔の向きと四肢の曲娘が作り出すねじりのポーズとその力強さである〔図6J。このねじった姿勢は,ロダンが若い頃に感銘を受けたミケランジエロの作品などにその参照源を探ることはできるが,{ニジンスキー〉の旋回が生み出す強烈なエネルギーは独自である。こうした特質と,粗く仕上げられたモデリングによって,{ニジンスキー〉はある人物の表現というよりも,作家の当初からのテーゼであったムーヴマンの表出へと移行しており,言い換えれば,モデルはむしろ連続したムーヴマンや,そこに内在するエネルギーを表現するための媒介へと変化している。これは,同じようにニジン
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