鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
550/670

注物体の見え方に関しては写真が,光の効果については写真を用いた習作が,われわれの見方,感じ方,そして描き方を,大幅に変えてしまった。今日では,明るいこと,鮮明であること,わかりやすいこと,生々しいこと,これらが絵画の至上目的になった感がある。また,レンプラントの芸術を論じながら,キアロスクーロを礼讃している箇所がある。「明暗法は,疑いもなく,彼の知覚と思考の生来の形式,不可欠の形式であった。彼以外の画家たちも明暗法を用いはしたが,彼ほど恒常的に,彼ほど巧みに使った者は誰もいない。明暗法は,ありとあらゆる絵画表現の中で,最高度に神秘的で,最も測りがたく,最も省略的で,暗示と意外性に満ちた表現法である。まさにそれゆえに,心の奥底の感情や考えを表わすには最適の方法なのだ。J(注13)。フロマンタンは(ジェロームのような)写真的真実についても,(印象派のような)自然光についても新しい明暗表現にはすべて否定的である。そしてやや懐古的な態度で17世紀オランダ絵画を称讃している。この精神面と明暗法を結びつける考えは,象徴主義の運動の中で復興していくことになる(注14)。モネ,ジエローム,そしてフロマンタンの三者それぞれの明暗表現はかくも異なっており,互いに相容れない性質であり主張である。絵画芸術の転換点において明暗法にそれほど多様化し,重層化する意味が担わされている。この課題を究明するためには,実作例の綴密な分析や,明暗法について言及した豊富な文献の渉猟を重ねていくことが必要になる。現時点では,19世紀後半のフランス絵画における明暗法が,精神的側面であれ,客観的描写の側面であれ,絶えず変容しつつも絵画を支える本質的要素として機能し続けていることをたしかめたことで,今後の研究の端緒としたい。(1) Meyer Schapiro, Impressionism : Reflections and Perceptions, New York, 1997, p.68 (2) Daniel Wildenstein, Claude Monet : Biographie et catalogue raisonne, Tom巴ILausanne-Paris, 1974, L. 44, L. 46 (3) G.Poulain, BaziUe et ses amis, Paris, 1932, p.1l1, cited in Rewald, The History of Impressionism, New York, 1987, p.217 541

元のページ  ../index.html#550

このブックを見る