鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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⑮ 〈サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラの聖書〉の『王の書』図像サイクルの研究1 .はじめに2. Iダピデとゴリアテの戦いJ( 1王:17, 48-50)と「ゴリアテの斬首J( 1王:17, 51) 研究者:東京雲術大学非常勤講師加藤ひろみ〈サン・パオロの聖書>(ローマ,サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ修道院所蔵,以下SBとする)は,870年頃カール禿頭王のためにランスで制作されたと推定される,カロリング朝後期を代表する一貫本聖書である(注1)。その挿絵群は,合計24枚におよび,なかでも旧約聖書各書の扉として付された挿絵は,非常に豊かな物語場面をもつことで知られている。SBの『王の書j(注2)図像サイクルは,従来の研究によりヴァチカン図書館所蔵のギリシャ語写本333番(Vat.gr. 333,以下333とする)と密接な関連をもつことが指摘されてきた(注3)。この写本は,11世紀後半にコンスタンチノープルで制作されたと推定されるもので,その図像は,初期キリスト教時代の東方起源の原型に遡ると考えられている(注4)。本研究助成による調査では,SBの『王の書』図像と同主題の作例を広く渉猟し,各場面の図像学的分析をおこない,SBの図像サイクルの特徴とその起源を明らかにすることを目指した。その結果,SBは,場面選択の上で333と一致するものの,そのいくつかの図像は,これまで比較の対象とされてこなかった西方ロマネスク写本とより密接なつながりをもつことが確認できた。本稿では,SBのこのような図像学的な特徴を示す場面を重点的に取り上げ,その研究成果を報告したい。少年ダビデの雄姿は,初期キリスト教時代以来,中世を通じて非常に好まれた図像で,数多くの作例が現存する(注5)0 SBの「ダビデとゴリアテの戦いJ(図1)は,槍を振り上げ襲い掛かるゴリアテと投石器を構えてそれを迎え撃つダピデを描く点で,キュプロス島出土の7世紀前半の銀皿〔図2)や10世紀初頭の〈パリ詩篇>(パリ,国立図書館所蔵,gr. 139, fo1. 4 v)に代表されるピザンテインの貴族詩篇と共通することから,従来,東方世界の図像伝統に由来するものとされてきた(注6)。左腕を身構えるように挙げる身振りが見られない点を除けば,SBのダピデは,両足を広げて正面向きに立ち,重心を右足にかけて右手で投石器を構える点で,<パリ詩篇〉と一致し,556

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