鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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一方,ゴリアテは,槍を後ろに振り上げて左足を踏み出す背中向きのポーズだけでなく,ヘルメットをかぶったプロフイールの顔や左肩を隠すように前面に盾をもっポーズといった細部描写に至るまで銀皿の表現と一致している。しかし,続く「ゴリアテの斬首」では,SBの表現と銀皿や〈パリ詩篇〉の表現は相違する。SBにおいて,ダピデは既に切り取ったゴリアテの頭を持っているのに対して,銀皿や〈パリ詩篇〉では,ともにダピデがゴリアテの首を切りとっている様子があらわされている(注7)。さらに大きな相違は,連続する物語の叙述方法である。つまり,銀皿と〈パリ詩篇〉では,物語は上下に展開され,それぞれ独立した2場面となっているのに対して,SBでは,物語は切れ目のない1画面内に統合されているのだ。足もとに横たわる,すでに首のない自分自身の骸に気付くことなく戦う巨人ゴリアテを中心として,左右に,戦うダピデとゴリアテの首を持つダピデ,さらに外側に戦場から手を挙げて逃げ去るペリシテの兵士と戦いを見守るサウル王とその従者が配されている。2人の小さなダピデのアクションは,構図の中軸となっている巨人ゴリアテに向かつて集中し,この左右対称の構図をより効果的に演出している(注8)。ダビデの戦いと勝利を統合することによって生まれたゴリアテの左右にダピデを配する構図は,東方世界ではなく西方世界の作例に見られる。その一例として,12世紀半ばの〈エドウイン詩篇〉の為に制作されたと推定される,旧約聖書を描く紙葉(ニューヨーク,ピエモント・モルガン図書館所蔵,M.724表面)(注9)[図3)がある。ここには,Iダピデとゴリアテの戦いjにまつわる場面として左から順に,Iサウル王の鎧を身に纏ったダピデJ(1王:17, 38), Iダピデとゴリアテの戦いJ,Iゴリアテの斬首Jがあらわされている。「ゴリアテの斬首」には,ダビデがゴリアテの首を切り取る様子と切り取った首を右手に持ち肩に剣を担いで画面左に向かつて歩いていく様子があらわされている。場面を区切る枠取りに隔てられているものの,SB同様,戦うダピデとゴリアテの首を持つダピデが巨人ゴリアテを中心に向かい合っている。また,12世紀後半の〈スーヴイニーの聖書}(ムーラン市立図書館,ms. 1) [図4)では,3 段構成の画面の下2段に「ダピデとゴリアテの戦い」にまつわる詳細な物語場面があらわされている。巨人ゴリアテを中心に左右にダピデを配する構図は下段左にあらわされている。ここでは,戦うゴリアテの左右にダビデが配されているものの,右側のダピデはうつ伏せに横たわるゴリアテの首を切る様子であらわされ,画面右には,切り取った首をサウル王の前にダピデが示す場面が描かれている(1王:17, 57-58)。557十

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