注SBとWBに共通する図像サイクルは,333と共通する図像起源からSBにいたるまでの中間的な段階で形成された可能性が高いと考えられる。以上のような研究成果をふまえ,今後の方向として次のことが考えられる。第ーに,SBとロマネスク写本の関連である。SBは,多岐にわたる旧約聖書図像を有することから,先行する同主題の作例が現存しない場合も多く,その図像研究は困難であった。しかし本研究により,新たにロマネスク写本,特に聖書写本がSBの図像研究において非常に有効な材料を提供しうることが確認できた。聖書写本の歴史を鑑みれば,カロリング朝時代とロマネスク時代は彩色聖書本が数多く制作された時期であり,今後は西方世界における聖書本の挿絵プログラムの発展という大きな視点に立ちながら,SBの図像研究をする必要性があるだろう。第二に,70人訳聖書以外に起源を発する図像の重要性である。SBにおいて『民数記J扉絵(fol.40v)の「逆さのたいまつを持つ天使jや『申命記』扉絵(fol.50v)の「モーセの死j場面の天使は,ユダヤ教の伝承に基づくモチーフであるとこれまで指摘されてきた(注13)。また,ドゥーラ・エウローポスのシナゴーグ壁画との類似が指摘されている場面も多い(注14)。本研究において,r王の書』図像サイクルにも70人訳聖書以外の伝統を確認できたことから,SBの図像全体を考察する上で,このユダヤ教図像の重要性はさらに増したといえる。本稿でSBとの類似が明らかとなった〈エドウイン詩篇〉の紙葉最上段の「モーセの誕生jは,ドゥーラ・エウローポスのシナゴーグ壁画との関連が指摘されているもので(注15),この点においてもロマネスク写本との関連を今後さらに検討していきたい。※本稿で言及したロマネスク写本の基本データーは,次の文献を参照した。CAHN,Walter, Romanesque Bible illumination, Comell University Press 1982; KAUF-恥1ANN,C. M., Roman巴squeManuscripts 1066-1190, A Surv巴yof Manuscripts Illu-minated in the British Isles 3, London 1992 (1) 基本文献は,La Biblia di San Paolo fuori le Mura, Rome 1993の解説の文献表参照。(2) r王の書』は,第一,第二部が『サムエル記』上下巻,第三,第四部が『列王記』上下巻に対応する。これは,70人訳聖書およびウルガータ版聖書の一部の版に見561
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