鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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⑪ シト一派初期の写本図像一一ヴ、アンサン・ド・ボーヴ‘ェ著『スベクルムj(カンブ口ン修道院本)の装飾一一一研究者:明治大学非常勤講師伊藤里麻子本稿では,カンブロン(Cambron,現在のベルギーHainaut地方)のシト一派修道院旧蔵の,1組の,ヴァンサン・ド・ボーヴェ著『スペクルムjU歴史の鏡J,r自然の鏡j)の13世紀の写本のイニシャル装飾を扱う。所蔵しているのは,アメリカ,ミネソタナ1'1ミネアポリスの2つの図書館である(注1)。この写本の各書の初頭イニシャル装飾は,物語図像がなく,文様装飾のみであり,色も簡素で、ある。シト一派では,12世紀,聖ベルナルドスの思想、を反映して禁欲的な美術が生まれ,写本装飾においても,物語場面のない単色のイニシャル装飾のモノクローム様式が発展した(注2)。しかし,カンブロンの写本が制作されたのは,13世紀末とされ,シトー派においても,モノクローム様式が途絶えてかなり後のことである。13世紀のシト一派において,この文様装飾はどのような意味を持つのか,というのが,本研究の出発点であった。ヴァンサン・ド・ボーヴェ(Vincentde Beauvais cl190-1264)作の『スペクルムJは,いわば,西洋で初めての,中世の百科事典にあたる書物であり,この知の集大成が,中世の美術の図像に与えた影響は,エミール・マールも語るところであるが,rスベクルム』の写本自体は,現存する数は多いとはいえない。そのなかでも,カンブロン修道院の写本は,物語図像がないため,様式の比較研究はなされていなかった。ところが,これと同じ様式をもっ,rスペクルム』の写本が近年ベルギーで再発見され,筆者がミネソタの写本の研究を進めていた,2001年末に公にされた。そこで,2 組の写本の装飾を比較し,さらに周辺の写本装飾を調査した。その結果,一つの様式の写本グループを見出した,というのがこの報告である。1.写本の概要本稿で扱う,シトー会のカンブロン修道院に旧蔵されていた,1組の,ヴァンサン・ド・ボーヴェ著『スベクルムjVincent de Beauvais < Speculum >は,r歴史の鏡j(Specu-lum Historiale.以下と記する。)4冊と,r自然の鏡j(Speculum Naturale.以〈序〉577-

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